第2次中南米争奪戦~やっぱり欧米か 4

 

ここで欧州情勢に戻りますと、新大陸から荒稼ぎしていた両国ですが、1500年代中盤になるとややこしいことが起きます。神聖ローマ帝国及びスペイン(マドーリードを中心にしたカステーリャ)国王、カール(カルロス)が父、ポルトガル人が母の大君主フェリペ2世が後にポルトガル国王も兼ね世界に冠る大帝国となります。欧州名門のハプスブルク家の黄金時代を築いていくのですが、領土の蘭の造反。英国に無敵艦隊が敗北。

かさむ軍事費をカバーできず植民地の上がりをドンドン食いつぶしていきます。

ポルトガルでは1700年中盤のリスボン大地震で大打撃を受けます。

 

ここで、米国の独立紛争?戦争?~フランス革命がおこります。ここで本国出身者やその係属が米国と同じく本国の仕打ち、ミカジメ料(税金)の高騰に腹を立て独立の機運が

高まってきます。

 

米国の例は英国一方的に税金を増やされての反抗、独立~当然英国系移民を中心にした反抗、反乱で先住民のインデイアンは全く無視です。

メキシコやペルーでは比較的原住民のインデイオが残ったと言われますが、それ以外の地域は酷使や欧州から入った伝染病でインデイオの人口が激減します。

結果、米国と同じくアフリカの黒人奴隷に労働力を頼ります。

西、葡出身者の独立要求で先住民、奴隷は無視、ここが米国の例と合致します。

 

フランス革命は既存の王室・貴族、僧侶、役人を皆殺しにして政府を転覆した中堅の貴族や商人、役人などが農民や労働者をたきつけてというか巻き込んで

政府を転覆した事件ですが、旧態の腐敗にメスを入れた自由の戦いだのと

美化されました。

 

米国も仏の革命家も米国の独立闘争は自由を奪い取る戦いということに書き換えられていきます。特にスペインはフランス同族のブルボン家が王室、貴族に入り込んでいたため非常な動揺、動乱が起こります。