実際、現在のアメリカ合衆国に渡ったやつってどんなんだったのだろうか 7
ここで、アメリカの植民地に渡る急進的な清教徒~ピョーリタン。後に
おいかけるように続くクゥエーカー教徒、パップティスト教徒
このアイルランドのカトリックが反旗を翻したのが1641年。
とてもピョーリタン連中は彼らにかなわないと思ったのか
後に護国卿(Lord of Protector)となり「イングランド共和国~王制廃止」
の事実上トップとなるオリバー クロムエルは清教徒であり、彼の
教義を取って日本語では清教徒革命(英語ではCivil War = 庶民?民間?
(市民?)戦争 といいます。因みに米国の南北戦争もCivil Warですって)
を成功させますがこの戦争1692年にイングランドの王党派と議会派の
内戦という形ではじまります。
当時、クロムゥエルはケンブリッジ代表の議員で軍事的素養も持ち合わせて
いたそうですが、全国的知名度がなく、急進的ピョーリタンでもこれは
ダメだと思ってメイフラワー号に飛び乗ってアメリカにバックレたのでしょうか?
その後、傭兵を中心に戦争のプロの王党軍が内戦を優位に進めて行きます。
一方、議会軍は素人の寄せ集め集団で全く歯がたたなかったのですが、
プロテスタント~清教徒軍の精鋭1,000人程で騎馬軍別名鉄騎隊、Iron horseを
編成し小回りを利かせて失地を挽回していきます。
そして一挙に挽回を図りたいクロムゥエル率いる議会派は何とスコットランドの
盟約派の軍隊の応援を頼みます。カトリックにプロテスタントが混在していますが、
長期的に現体制のまま改革を望むスコットランドの長老派と妥協したことに
なります。
そうなると王党側も元々チャールズはスコットランド国王家であることから
スコットランドの王党派も取り込み、念には念を入れアイルランドのカトリックの
反乱軍を取り込みにはかります。ここが英国国教会の適当なところで
独裁権力のバチカンさへ排除すればカトリックだろうがプロテスタントだろうが
東方正教会まで俺の言うこと聞くやつは集まれや!!というもんです。