キリスト教では、ほとんどの宗派で、集まりやその建物が「教会」と呼ばれます。
もちろんこれは主に英語Churchを訳したときに造語されたのでしょう。
日本語では、キリスト教系の漢語は中国から入って来ているものが多いので、多分、昔にイエズス会を通してイタリア語のキエザを「教會」(ジャオホエ)としたのでしょうか。
新約聖書の中で普通に「教会」と訳されている言葉は「エクレシア」ですから、漢語の元々の字が表す「教会」の意味はないと聞いています。エクレシアは「召しだされた者の集まり」だそうで、敢えて漢字を当てはめれば「招会」になるとも
ではいつから、教会と呼ばれエクレシアとは言われなくなっていったのかについて、Sojournerさんがブログ記事にしていらっしゃいますので
リブログさせていただきました。
こちらです。
最初に見られる資料は、アレクサンドリアのクレメンスのものだそうです。
190年ころとのことですから、二世紀の終わりになりますね。随分早い時期のものです。
小澤克彦教授のサイトも難しい内容をわかり易く書いてくださって、非常に興味深く読めました。
個人的には、教会堂というものが欧米文化そのものであるので、日本人には敷居が高かったように感じられます。その中に足を踏み入れるのは、神社の広い境内に入るようにはゆきません。閉ざされた建物の中に入らないといけないということもあるのでしょう。
もっとも、結婚式となるとあの雰囲気が好きな女性はいくらでもいますし、あの雰囲気をいつも楽しみたい人が教会に通うようになるのでしょう。
普通にキリスト教だけを学ぼうすれば、教会堂に入らないで済むことはないでしょうし、それはほかの宗教でも何かの建物に入ることになるのでしょう。
日本の「無教会派」というのは、その意味では画期的だったのですね。そこでもやはり集まりはあるので、「教会」という言葉は、建物だったり、信徒の集まりだったり、組織宗教の意味であったりすることになります。
では聖書に「教会」と訳されている「エクレシア」は何を意味していたのでしょう。
ついでと言っては林義平先生に失礼になりますが、この教会という言葉について考察をまとめた先生のノートがネット上にありました。
そこでは、「エクレシア」の本来の意味と、そこに集まった理由
それから今日「教会」と呼ばれた元の言葉「キュリア」が、ヨハネ第二の手紙から来ていること
また、一般のキリスト教徒の組織を「教会」と呼ぶことはともかくとして
本来は「エクレシア」であったことが書かれています。
それを引用します。主題は・・「なぜ教会と呼ばれるか」・・です
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そもそも、キリスト教徒の集まりをエクレシア[ἐκκλησία]と呼んだのはエルサレムの使徒らを含んだ集団を指したものが最初であったと言われる。それはLXXにあるものを用いて、ヘレニストや外部の諸国民が彼らイエス派を指して呼ぶときに使われた。
一方、「教会」を「エクレシア」の訳語とするのは間違いであり、「教会」の語の元になったギリシア語は「キュリアコス」の方である。用例;1Cor11:20「主の晩餐」 Rev1:10「主の日」
この点で、リッデルとスコットのレキシコンは「キュリアコス」[κυριακός](主のもの)について、こう付記している。
assumed to be original as the Teutonic kirk, kirche, church; but how this Greek name came to be adopted by the Northern nations, rather than Roman name ecclesia, has not been satisfactorily explained.
「エクレシア」を用いずに西欧(北方面)教会はなぜか「キュリアコス」を自分たちの組織に適用し始めたが、その由来は不明というが・・・
(あるいは、聖徒が存在しなくなった為か?)
「教会」=キリスト教徒のコミュニティと機関、また建造物を指す
キュリアコスがエクレシアと接点を持ったと考えられる箇所は
ヨハネ第二:1
「選ばれた婦人とその子たちへ」
[ἐκλεκτῇ κυρίᾳ καὶ τοῖς τέκνοις αὐτῆς, ]
この夫人とは、「キュリア」と呼ばれる一人の女性を指すのか、或いは、ヨハネがエクレシアを指して象徴的に呼んだのかは今以て不明であり、もし、エクレシアを指しているならば、「主の者」を意味する「キュリア」は即ち「エクレシア」であることになる。
この「キュリア」がエクレシアの別称となり、やがて何かのきっかけで以後の趨勢を成したと考えられる。
古英語では”cirice”や"circe"を「キュリアコス」に対置させ
そこに何らかの理由でドイツ語"kirche"[キルヒェ]のスペルが混じり"churche"などに変化
どちらかと云えば、大陸で先行して用いられたものがブリトゥンに入ったのであろう。
ドイツ語"kirche"の由来はキュリアが"kir"に"che"がその形容か? 「主のもの」
同族系ゲルマン語でも、南部のアレマンニでは"kilche, chilche,"高地では"chirihha"低地では"kerke"。オランダ語が"Kerk"「ケアク」スウェーデンでは"kyrka"「シェルカ」ロシア語"церковь"「セルケス(と聞こえる)」
ラテン由来のフランス語では"Église"「エグリーズ」[ekklesiaから?]ポルトガル語が類似"igreja"「イグレーザ」スペイン語は"Templo"これは明らかに「神殿」で別系統
イタリア語は"Chiesa"これは”chiamalre”「訪問する」の動詞の変形とのこと。(評議会、相当な者らの会合)どうやら北方への震源地はイタリアらしい。他の地域の言葉はその音訳の様相をみせる。
イタリア語のその”Chiesa”の由来はヘブライ語の「カハル」(会衆)または「エダー」(集会[カハルより高等な])のLXXのギリシア語がエクレシアばかりではなくキュリアコスもあったところかららしい。ただ、キュリアコスとキアマーレの差は小さくは無いように見える。(発音はともかく)
The Encyclopedia Britannicaによれば・・
In the New Testament, "ecclesia" (signifying convocation) is the only single word used for church. It (ecclesia) was the name given to the governmental assembly of the city of Athens, duly convoked (called out) by proper officers and possessing all political power including even juridical functions.
つまり政治的なポリスの「評議会」という意味で使用されていたギリシア語"ecclesia"が、キリスト教徒の聖徒の集まりに用いられた。大意は「会合」という事になる。イタリア語は"Chiesa"が”chiamalre”「訪問する」の変化というのも、「出席されるべき会合」という意味合いから呼ばれたともとれる。イタリアの場合には、ローマ市に於いては今日までも"S.P.Q.R"つまり[Senatus Populusque Romanus](元老院とローマ市民)が市政の称号として用いられており、それはギリシア圏の諸都市に在ったポリスの民会 "ἐκκλησία "と意味が近く、キリスト教の聖なる宗教的イメージとの混同を避ける意識が中世まで働いていたことは考えられる。
他方、"Churiacos"が変転の後、現英語の"church"[チャーチ]となった。そうなると「エクレシア」はキリスト教的呼称で、他方「キュリアコス」=「教会」は「会衆」を意味するヘブライ的呼び名ということになる。「エクレシア」の語を最初に集まりに適用したのはエルサレムの集団であったと言われる(資料失念!)
「エクレシア」(エク=外へ、カレオー=呼び出す)「召しだされた者ら」(「選ばれた」の意味が強い):キュリアコス≒キエザ=教会 は「信徒のコミュニティと機関」か? シュナゴーグ的意味合い?シュナゴーグとエクレシアは外見上似ているが、意義は異なる。前者が法の下にあるまともな全信者の出るべき会合であったが、後者は選ばれた者の集会で強制はない。だが、ローマ国教化を経て後、キリスト教はコミュニティの宗教となりユダヤ教化する。そこでエクレシアはシュナゴーグ化し、キュリアコン由来の「教会」と呼ばれる方がその意義に相応しくなる。
しかし、四世紀以来のラテン語典礼文では、聖書ギリシア語に倣った「エクレシア」が採られている。
”Et unam sanctam catholicam et apostolicam ecclesiam.”
「唯一にして聖なる公同の、そして使徒(伝来)的なエクレシア」 ミサ典礼文に"chiesa"は登場しない。
"Te Deum"も同じく”Te per orbem terrarum sancta confitetur Ecclesia.”
「世界にあまねく満ちる聖なるエクレシア、(汝はそれを嘉し給う)」
第四世紀由来のラテン文書からは"Chiesa"を見つけることは難しいようだ。言葉そのものが存在していなかったか?
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- イタリア語"Chiesa"から見た場合--
ではキエザが採用されたのは、イタリア語分化からか?
民衆ラテン語の方言化し、イタリア語が文書上で認められるのが十世紀とのこと。したがって、その以前から古イタリア語という境界の曖昧な時代が進行していたであろうけれども、"Chiesa"の使用の始まりを中世に観てよいようだ。
つまり、今日当たり前のように、キリスト教徒の集まりを教会!、教会!と呼んでいるのだが、これは使徒たちの時代に連なることのない不純な習慣と云うべきである。
時期として想定されるキエザの拡散時期は、第五世紀以降の三位一体のそれと重なるのでは? そこでは「主」に意識を集中させる方が、「聖徒」という主人の居ないエクレシアより方便であったか? とすれば、「教会」という言葉は三位一体と関連が深いことになり、実態に沿うかのように見えなくもない。もし、そうなら「教会」との言葉は、意味の上でも本来のキリスト教のものではないことになる。
果たして、遣わされるものである聖霊が、傲慢に自ら「神」を唱えるだろうか?三位一体が唱えられたことそのものが聖霊の降下が既に止んでいたことを証しするかのようである。聖霊がどのようなものかを知らず、その働きを見なかった世代以降でなければ、こうした天に関わる事柄を断定するという危険を冒す気にもならなかったであろう。
加えて、ミサにおける聖体拝領の秘跡化も状況証拠を与える。つまり、その儀礼を行っても何の変化もなく、それでは集まりの権威の喪失に至り兼ねず、そこで実際とは異なるにせよ、パンが聖体変化を起こしていると強弁することで、聖体拝領の儀式の意義を保とうとしたと云えるのではないか?(ルターまでがこれに靡いている)
このことは、もはやエクレシアの主体となるべき聖霊ある者たちが絶えていたことを物語っているであろう。
聖霊ある「聖徒」が居ない集まりをエクレシアと呼ぶよりは、教会や会衆と呼ぶ方が実態に沿ったものであったに違いない。上記の見方からすれば、それは、集まりが聖性を失ったことを自虐的に認めるかのような呼び方でさえある。
ということは「エクレシア」と名付けることは、聖徒の存在と不可分の関係があり、儀式を神秘化するまでもなく、聖徒そのもの業が神秘とも秘跡とも言い得るもので、これは相当に意味深く、類稀な聖性をその「エクレシア」という言葉そのものが持っていることを明かすものと云うことができる。
いずれにせよ、リッデルとスコットが警告するように、「チャーチ」であれ「キエザ」であれ、キリスト教徒の集まりに「教会」の呼称を用いるのは、根拠薄く、初期キリスト教の習慣とは異なっている。
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- 漢語では--
さて、漢語の「教会」は、中国語で[jiao hui]「ジャオホエ」何とはなしに「チャーチ」に似ていなくもないが日本語も幾分かは「チャーチ」に似る、しかし、そこは音写というよりは、意味から「教会」が起こされた。
しかし、「キュリアコス」の意からすれば「教会」ではなく「主のもの」つまり「属主会」と漢字化すべきところでは。「キアマーレ」からすると単に「集会」や「会衆」といったところか
もし、エクレシアを漢字に直すとなれば意味からすれば「招会」が適当と思われる。「会衆」も本来の「エクレシア」の意味からすれば「教会」と変わらなくなってしまい、片手落ちと言うところか。
但し、聖霊によって正しく「召された者」が居ない状況で、どこまで「エクレシア」に拘るべきかは考慮の要あり。だが、それこそがキエザ拡散の理由であったのかも知れない。エクレシアをラテン語に音訳するよりは「参加すべき会合」と呼ばれる方が信者を集められる、そこで教会堂の鐘も意味を増す。つまりキリスト教のコニュニティ化の中で「エクレシア」では言葉が弱かった。しかし、キリスト教は本来コミュニティの宗教ではない。その点、日本のような環境こそが本来のキリスト教の姿に近い。
今日の大半のキリスト教において、「教会」の呼び名を変更することはとても不可能のように見受けられる。
もし、そうするなら抜本的な改革なしにできないだろう。使徒時代に回帰することは到底無理。しかし、聖徒が再び現れ、キリスト教の実態の方が変化してくるとなれば、どういうことになるだろうか?
やはり、変更されるべき理由は、キリスト教の根幹を成す「聖徒」の存在である。遅くとも、彼ら「聖なる者」が現れたなら、そこは正しくエクレシアと呼ばれるべきで、信徒だけのキュリアコスでは十分にその価値が伝わらないし、聖霊や聖徒召集の重要性からしても到底相応しくない。
その時に、集まりをエクレシアと名実ともにできないところは、聖徒を通した主のパルーシアの意義を知ることにはならないことだろう。
補足:「教会」に「エクレシア」を用いるキリスト教グループも幾つかあるらしい。しかし、せっかく「エクレシア」を名乗っても、その後に良いつもりで「教会」と付けてしまっては、トートロジーというべきか(「馬から落ちて落馬して」)。いや、名称に打ち消し合う矛盾がある撞着ということになる。「招会教会」・・
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こうして、Sojournerさんが引用なさったフランク・ヴィオラ氏の指摘される殉教者ユリアヌスと、林先生が指摘するヨハネ第二の手紙の宛先となっている「キュリア」のふたつに関連が出てくるのは、とても興味深いことです。
ずいぶん古代に、カトリックはエクレシアと呼ばない風習をとりいれて、「教会」と言い始めていたということでしょう。普通に日本語の聖書にも「教会」の言葉はたくさん出てきますけれど、それでも「教会」というのは聖書そのものには元々になく、後にひとひねりして造語されたということなのでしょう。
それでも、多くのクリスチャンが「教会」というのは、それでよいようにも思います。
というのは、三位一体の人々が集まりや十字架をシンボルにした建物を「教会」と呼びつつ、原始キリスト教の人が十字架を用いずに集まりを「エクレシア」と呼ぶことで、その違いがとてもよくわかるからです。



