キリスト教では、ほとんどの宗派で、集まりやその建物が「教会」と呼ばれます。

もちろんこれは主に英語Churchを訳したときに造語されたのでしょう。

 

日本語では、キリスト教系の漢語は中国から入って来ているものが多いので、多分、昔にイエズス会を通してイタリア語のキエザを「教會」(ジャオホエ)としたのでしょうか。

 

新約聖書の中で普通に「教会」と訳されている言葉は「エクレシア」ですから、漢語の元々の字が表す「教会」の意味はないと聞いています。エクレシアは「召しだされた者の集まり」だそうで、敢えて漢字を当てはめれば「招会」になるとも

 

ではいつから、教会と呼ばれエクレシアとは言われなくなっていったのかについて、Sojournerさんがブログ記事にしていらっしゃいますので

リブログさせていただきました。

こちらです。

 

 

最初に見られる資料は、アレクサンドリアのクレメンスのものだそうです。

190年ころとのことですから、二世紀の終わりになりますね。随分早い時期のものです。

小澤克彦教授のサイトも難しい内容をわかり易く書いてくださって、非常に興味深く読めました。

 

個人的には、教会堂というものが欧米文化そのものであるので、日本人には敷居が高かったように感じられます。その中に足を踏み入れるのは、神社の広い境内に入るようにはゆきません。閉ざされた建物の中に入らないといけないということもあるのでしょう。

もっとも、結婚式となるとあの雰囲気が好きな女性はいくらでもいますし、あの雰囲気をいつも楽しみたい人が教会に通うようになるのでしょう。

 

普通にキリスト教だけを学ぼうすれば、教会堂に入らないで済むことはないでしょうし、それはほかの宗教でも何かの建物に入ることになるのでしょう。

日本の「無教会派」というのは、その意味では画期的だったのですね。そこでもやはり集まりはあるので、「教会」という言葉は、建物だったり、信徒の集まりだったり、組織宗教の意味であったりすることになります。

 

では聖書に「教会」と訳されている「エクレシア」は何を意味していたのでしょう。

 

ついでと言っては林義平先生に失礼になりますが、この教会という言葉について考察をまとめた先生のノートがネット上にありました。

 

そこでは、「エクレシア」の本来の意味と、そこに集まった理由

それから今日「教会」と呼ばれた元の言葉「キュリア」が、ヨハネ第二の手紙から来ていること

また、一般のキリスト教徒の組織を「教会」と呼ぶことはともかくとして

本来は「エクレシア」であったことが書かれています。

 

それを引用します。主題は・・「なぜ教会と呼ばれるか」・・です

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そもそも、キリスト教徒の集まりをエクレシア[ἐκκλησία]と呼んだのはエルサレムの使徒らを含んだ集団を指したものが最初であったと言われる。それはLXXにあるものを用いて、ヘレニストや外部の諸国民が彼らイエス派を指して呼ぶときに使われた。

一方、「教会」を「エクレシア」の訳語とするのは間違いであり、「教会」の語の元になったギリシア語は「キュリアコス」の方である。用例;1Cor11:20「主の晩餐」 Rev1:10「主の日」

この点で、リッデルとスコットのレキシコンは「キュリアコス」[κυριακός](主のもの)について、こう付記している。

assumed to be original as the Teutonic kirk, kirche, church; but how this Greek name came to be adopted by the Northern nations, rather than Roman name ecclesia, has not been satisfactorily explained.

「エクレシア」を用いずに西欧(北方面)教会はなぜか「キュリアコス」を自分たちの組織に適用し始めたが、その由来は不明というが・・・

(あるいは、聖徒が存在しなくなった為か?)

「教会」=キリスト教徒のコミュニティと機関、また建造物を指す

 

キュリアコスがエクレシアと接点を持ったと考えられる箇所は

ヨハネ第二:1

「選ばれた婦人とその子たちへ」

[ἐκλεκτῇ κυρίᾳ καὶ τοῖς τέκνοις αὐτῆς, ]

この夫人とは、「キュリア」と呼ばれる一人の女性を指すのか、或いは、ヨハネがエクレシアを指して象徴的に呼んだのかは今以て不明であり、もし、エクレシアを指しているならば、「主の者」を意味する「キュリア」は即ち「エクレシア」であることになる。

この「キュリア」がエクレシアの別称となり、やがて何かのきっかけで以後の趨勢を成したと考えられる。

 

古英語では”cirice”や"circe"を「キュリアコス」に対置させ

そこに何らかの理由でドイツ語"kirche"[キルヒェ]のスペルが混じり"churche"などに変化

どちらかと云えば、大陸で先行して用いられたものがブリトゥンに入ったのであろう。

ドイツ語"kirche"の由来はキュリアが"kir"に"che"がその形容か? 「主のもの」 

同族系ゲルマン語でも、南部のアレマンニでは"kilche, chilche,"高地では"chirihha"低地では"kerke"。オランダ語が"Kerk"「ケアク」スウェーデンでは"kyrka"「シェルカ」ロシア語"церковь"「セルケス(と聞こえる)」

ラテン由来のフランス語では"Église"「エグリーズ」[ekklesiaから?]ポルトガル語が類似"igreja"「イグレーザ」スペイン語は"Templo"これは明らかに「神殿」で別系統

イタリア語は"Chiesa"これは”chiamalre”「訪問する」の動詞の変形とのこと。(評議会、相当な者らの会合)どうやら北方への震源地はイタリアらしい。他の地域の言葉はその音訳の様相をみせる。

 

イタリア語のその”Chiesa”の由来はヘブライ語の「カハル」(会衆)または「エダー」(集会[カハルより高等な])のLXXのギリシア語がエクレシアばかりではなくキュリアコスもあったところかららしい。ただ、キュリアコスとキアマーレの差は小さくは無いように見える。(発音はともかく)

 

The Encyclopedia Britannicaによれば・・

In the New Testament, "ecclesia" (signifying convocation) is the only single word used for church. It (ecclesia) was the name given to the governmental assembly of the city of Athens, duly convoked (called out) by proper officers and possessing all political power including even juridical functions.

 

つまり政治的なポリスの「評議会」という意味で使用されていたギリシア語"ecclesia"が、キリスト教徒の聖徒の集まりに用いられた。大意は「会合」という事になる。イタリア語は"Chiesa"が”chiamalre”「訪問する」の変化というのも、「出席されるべき会合」という意味合いから呼ばれたともとれる。イタリアの場合には、ローマ市に於いては今日までも"S.P.Q.R"つまり[Senatus Populusque Romanus](元老院とローマ市民)が市政の称号として用いられており、それはギリシア圏の諸都市に在ったポリスの民会 "ἐκκλησία "と意味が近く、キリスト教の聖なる宗教的イメージとの混同を避ける意識が中世まで働いていたことは考えられる。

 

他方、"Churiacos"が変転の後、現英語の"church"[チャーチ]となった。そうなると「エクレシア」はキリスト教的呼称で、他方「キュリアコス」=「教会」は「会衆」を意味するヘブライ的呼び名ということになる。「エクレシア」の語を最初に集まりに適用したのはエルサレムの集団であったと言われる(資料失念!)

「エクレシア」(エク=外へ、カレオー=呼び出す)「召しだされた者ら」(「選ばれた」の意味が強い):キュリアコス≒キエザ=教会 は「信徒のコミュニティと機関」か? シュナゴーグ的意味合い?シュナゴーグとエクレシアは外見上似ているが、意義は異なる。前者が法の下にあるまともな全信者の出るべき会合であったが、後者は選ばれた者の集会で強制はない。だが、ローマ国教化を経て後、キリスト教はコミュニティの宗教となりユダヤ教化する。そこでエクレシアはシュナゴーグ化し、キュリアコン由来の「教会」と呼ばれる方がその意義に相応しくなる。

しかし、四世紀以来のラテン語典礼文では、聖書ギリシア語に倣った「エクレシア」が採られている。

”Et unam sanctam catholicam et apostolicam ecclesiam.”

「唯一にして聖なる公同の、そして使徒(伝来)的なエクレシア」 ミサ典礼文に"chiesa"は登場しない。

"Te Deum"も同じく”Te per orbem terrarum sancta confitetur Ecclesia.”

「世界にあまねく満ちる聖なるエクレシア、(汝はそれを嘉し給う)」

第四世紀由来のラテン文書からは"Chiesa"を見つけることは難しいようだ。言葉そのものが存在していなかったか?

    • イタリア語"Chiesa"から見た場合--

ではキエザが採用されたのは、イタリア語分化からか?

民衆ラテン語の方言化し、イタリア語が文書上で認められるのが十世紀とのこと。したがって、その以前から古イタリア語という境界の曖昧な時代が進行していたであろうけれども、"Chiesa"の使用の始まりを中世に観てよいようだ。

つまり、今日当たり前のように、キリスト教徒の集まりを教会!、教会!と呼んでいるのだが、これは使徒たちの時代に連なることのない不純な習慣と云うべきである。

 

時期として想定されるキエザの拡散時期は、第五世紀以降の三位一体のそれと重なるのでは? そこでは「主」に意識を集中させる方が、「聖徒」という主人の居ないエクレシアより方便であったか? とすれば、「教会」という言葉は三位一体と関連が深いことになり、実態に沿うかのように見えなくもない。もし、そうなら「教会」との言葉は、意味の上でも本来のキリスト教のものではないことになる。

 

果たして、遣わされるものである聖霊が、傲慢に自ら「神」を唱えるだろうか?三位一体が唱えられたことそのものが聖霊の降下が既に止んでいたことを証しするかのようである。聖霊がどのようなものかを知らず、その働きを見なかった世代以降でなければ、こうした天に関わる事柄を断定するという危険を冒す気にもならなかったであろう。

 

加えて、ミサにおける聖体拝領の秘跡化も状況証拠を与える。つまり、その儀礼を行っても何の変化もなく、それでは集まりの権威の喪失に至り兼ねず、そこで実際とは異なるにせよ、パンが聖体変化を起こしていると強弁することで、聖体拝領の儀式の意義を保とうとしたと云えるのではないか?(ルターまでがこれに靡いている)

このことは、もはやエクレシアの主体となるべき聖霊ある者たちが絶えていたことを物語っているであろう。

 

聖霊ある「聖徒」が居ない集まりをエクレシアと呼ぶよりは、教会や会衆と呼ぶ方が実態に沿ったものであったに違いない。上記の見方からすれば、それは、集まりが聖性を失ったことを自虐的に認めるかのような呼び方でさえある。

ということは「エクレシア」と名付けることは、聖徒の存在と不可分の関係があり、儀式を神秘化するまでもなく、聖徒そのもの業が神秘とも秘跡とも言い得るもので、これは相当に意味深く、類稀な聖性をその「エクレシア」という言葉そのものが持っていることを明かすものと云うことができる。

 

いずれにせよ、リッデルとスコットが警告するように、「チャーチ」であれ「キエザ」であれ、キリスト教徒の集まりに「教会」の呼称を用いるのは、根拠薄く、初期キリスト教の習慣とは異なっている。

    • 漢語では--

さて、漢語の「教会」は、中国語で[jiao hui]「ジャオホエ」何とはなしに「チャーチ」に似ていなくもないが日本語も幾分かは「チャーチ」に似る、しかし、そこは音写というよりは、意味から「教会」が起こされた。

 

しかし、「キュリアコス」の意からすれば「教会」ではなく「主のもの」つまり「属主会」と漢字化すべきところでは。「キアマーレ」からすると単に「集会」や「会衆」といったところか

もし、エクレシアを漢字に直すとなれば意味からすれば「招会」が適当と思われる。「会衆」も本来の「エクレシア」の意味からすれば「教会」と変わらなくなってしまい、片手落ちと言うところか。

 

但し、聖霊によって正しく「召された者」が居ない状況で、どこまで「エクレシア」に拘るべきかは考慮の要あり。だが、それこそがキエザ拡散の理由であったのかも知れない。エクレシアをラテン語に音訳するよりは「参加すべき会合」と呼ばれる方が信者を集められる、そこで教会堂の鐘も意味を増す。つまりキリスト教のコニュニティ化の中で「エクレシア」では言葉が弱かった。しかし、キリスト教は本来コミュニティの宗教ではない。その点、日本のような環境こそが本来のキリスト教の姿に近い。

 

今日の大半のキリスト教において、「教会」の呼び名を変更することはとても不可能のように見受けられる。

もし、そうするなら抜本的な改革なしにできないだろう。使徒時代に回帰することは到底無理。しかし、聖徒が再び現れ、キリスト教の実態の方が変化してくるとなれば、どういうことになるだろうか?

 

やはり、変更されるべき理由は、キリスト教の根幹を成す「聖徒」の存在である。遅くとも、彼ら「聖なる者」が現れたなら、そこは正しくエクレシアと呼ばれるべきで、信徒だけのキュリアコスでは十分にその価値が伝わらないし、聖霊や聖徒召集の重要性からしても到底相応しくない。

その時に、集まりをエクレシアと名実ともにできないところは、聖徒を通した主のパルーシアの意義を知ることにはならないことだろう。


 

補足:「教会」に「エクレシア」を用いるキリスト教グループも幾つかあるらしい。しかし、せっかく「エクレシア」を名乗っても、その後に良いつもりで「教会」と付けてしまっては、トートロジーというべきか(「馬から落ちて落馬して」)。いや、名称に打ち消し合う矛盾がある撞着ということになる。「招会教会」・・

 

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こうして、Sojournerさんが引用なさったフランク・ヴィオラ氏の指摘される殉教者ユリアヌスと、林先生が指摘するヨハネ第二の手紙の宛先となっている「キュリア」のふたつに関連が出てくるのは、とても興味深いことです。

 

ずいぶん古代に、カトリックはエクレシアと呼ばない風習をとりいれて、「教会」と言い始めていたということでしょう。普通に日本語の聖書にも「教会」の言葉はたくさん出てきますけれど、それでも「教会」というのは聖書そのものには元々になく、後にひとひねりして造語されたということなのでしょう。

 

それでも、多くのクリスチャンが「教会」というのは、それでよいようにも思います。

というのは、三位一体の人々が集まりや十字架をシンボルにした建物を「教会」と呼びつつ、原始キリスト教の人が十字架を用いずに集まりを「エクレシア」と呼ぶことで、その違いがとてもよくわかるからです。

 

 

 

 

 

 

人は自分で生まれようとしてこの世界に来たわけではありません。

そこは楽しいだけの場所ではなく、少しの楽しみと多くの苦しみがあります。

 

天から遣わされたメシアつまりキリストさえ、質素な生活の中でさらに困窮している人々に寄り添い、最期は極悪人に数えられ磔刑に遭いました。

 

宗教によっては、この世は「試練の場」で、良い生き方をすればよりよい世界に行けるとも

それを納得している人々も多いのでしょうね。

 

では聖書によると、どうなのでしょうか?

ソロモン王は聖書の伝道の書に書きました。

「日の下で人が労するすべての労苦は、その身になんの益があるか」

 

では「この世」が生きるにつらく、一生が短く空しい理由はなんでしょう?

 

以下の記事は「この世というもの」という主題で、一般向けにわかり易く書かれています。

では、どうぞお読みになってみてください。

 

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「この世」というもの


わたしたちは、自分たちの住む「この世」というものに生まれたままに暮らしています。
ですから、「この世」とは「そうしたもの」と思い、何とか適応して生きようとするのがふつうのことです。

人はよほどの虐待を受けるのでもない限り、生まれて来たことを喜びます。
この世界には興味尽きない多様なものがあり、人間はそれをほかのどんな動物よりも享受する感覚も能力も備えています。

人間は互いに協調して働き、知恵を出し合い、文化にしても科学の応用にしても、この世界から優れたものを得ていて、それらは生活を一層興味深く、豊かなもの、意義深い価値あるものともしています。

そして、人間の身体そのものも生きようとしており、その働きには驚異的な仕組みがあることも知られるようになってきました。
それほどに優れた人間ですが、わたしたちの生きる世界としての「この世」という言葉には、それらの良いところだけではない、ほろ苦いペーソス漂う味わいが往々にして込められてきました。

さて、聖書では特に新約聖書において「この世」という言葉が数多く出てきます。
旧約で数少なく現れる「この世」と訳される句は、人が地上に生きている現実を意味しますが、新約での「この世」は、ギリシア語で「コスモス」という単語で、より深い意味合いを持っています。
これは英語では「宇宙」を指し、秩序立った調和の内に配列された世界を表してもいます。(反語にギリシア語「カオス」(混沌)があります)

「この世」について、ほとんどの人々がその意味を考えると、「人々によって構成される社会」のことを指し、そこには一抹の「虚しさ」を意識することでしょう。そして、やはりギリシア語の「コスモス」には「空虚」という意味も含まれています。

人は生まれて以来、この世の中で育ちつつ社会の掟を学び、体力や能力を、また様々な忍耐力を振り絞って生業に従事し、あるいは失業し、職に就くことにさえ多大の精力を傾注し、自己所有の家を持つことが男の一生の夢ともされ、結婚を通しては家族を設ける幸せを味わいつつも何かと家庭問題に直面し、子供も成長して去った後には、幾らかの楽しみが有っても、老化などの身体の不具合と闘いに努めてゆくうちに、やがては誰もが寿命を迎えなくてはなりません。

これが一般的な「人生」と呼ばれるものなのでしょう。
ですが、このような人生もまだ良い方かも知れず、悲惨な一生を送らねばならなかった人々も「この世」に数知れぬほど存在したのであり、今日もまた、悲痛の声を上げる境遇にある人々も少なくはありません。国家的圧制もあれば、社会の片隅でのいじめや家庭内虐待、過剰労働や対人関係から心のうめきの中に忍従している人々も少なくは無いに違いありません。

社会不適応やうつ病の増加は、21世紀の今日、人間は幸福に向かって進んでいるわけではなく、常に問題を抱えてきたばかりか、人の心理までをも蝕む社会というものは、事態がいよいよ複雑化している象徴なのでしょう。

これに加えて、避けられない広範な危機の拡大についても警鐘が打ち鳴らされています。
世界は自然破壊、人口過剰と食料の偏在、経済危機や構造変化、場を弁えないテロや隠れたサイバー攻撃など、全球に関わる災厄が先鋭化されつつある事態に直面しており、国や地方や民族という単位で闘争や災害や経済変動に巻き込まれる社会的危険も常にあり、世界は武力の関わる紛争の列挙に事欠くことがありません。
それに大地震や津波、異常気象による予告ない旱魃と洪水、巨大台風や猛烈な竜巻などをも加えなければならなくなっています。

これらは、生活を一時に急変させ、人々のささやかな幸福さえも根こそぎにしてきましたし、誰もが今もその危機と隣り合わせにされています。
ある人々は人間の過剰な生産活動のツケが回ってきたと考えます。
経済学者は、生産によって環境負荷に対するコストを人類は払って来なかったと説き、それを「影の経費」としています。

しかも、環境の解決に要するコストは膨大で人類が支払い切るのも難しいと言われます。
つまり、人類は勝手に振る舞いつつ、大自然に対する負債が大きくなりすぎて、すでに破産状態にあるのかも知れないということです。

そのうえ、地球環境の維持を真剣に試みるには、直ちに世界中の人々の一致を求めるものですが、諸国の我欲はそれを困難にしており、その時も失われ機会の扉も閉じられつつあるというのは、よく見聞きする通りです。

こうしたマクロ状況にある「この世」で、個々の人々の生活にも相変わらず様々な困難が降りかかります。
では、個人が「この世」に生きる意味とは何でしょうか?

芥川龍之介が「侏儒の言葉」の中で、「我々は母の胎内で人生に処する道を学んで生まれてくるわけではないので、水泳を習ったことのない者がいきなりに水泳競技に参加する狂人の主催になるオリンピックがあるとすれば、それは我々に課された人生そのものであり、我々は生まれるや否や、人生と戦う中で傷を負いつつ戦い方を学んで行かねばならない」と書いて、世というものの理不尽さを指摘しているように、人には「この世」を上手く生きる方法というものがなかなか手に入りません。

そこでは占いや、厄除けといった人知を超える導きを与えると称する仕事が常に存在もできた理由があります。
また、人々は生きる意義を問い尋ねて、宗教に向かい、その答えを得ようとしてきました。
ゴータマ・ブッダは、生命が死んでもこの世に繰り返し生まれてくる「輪廻転生」というバラモン教の教えを発展させて、苦難溢れる世に繰り返し生まれることを永遠に止めることを最高の目的とし、これを「涅槃」(ニールヴァーナ)と呼びました。
やはり、この世は究極的に生きるに値しないというのが、この賢人の結論であったのです。

イスラム教では、この世での生き方次第で天国にも地獄にも行くことになります。
つまり、この世を生きるとは「試験」のようなものと説かれます。
このように教える宗教は非常に多く、仏教の中にも今日のキリスト教の大半にも、この教えは広くみられるものとなっています。
人生とは一時的な務めであり、試練の場であるという説得には、この世の辛苦を思うときに納得させられるようなところもあるのでしょう。

ですが、こうして宗教界を見回すと、その多くが、「この世」というものに人生に満足をもたらすものと観ていないことでは一致しているのに気付くことになります。
しかし、「この世」が人々にとってこれほどまでに住み易くないのは何故でしょう。

この点で、聖書での「この世」はどのようにものに描かれているかと言えば、この世界を創造した創造者の意図から外れてしまっていることが明らかにされます。
神は創造の業を終えて、そのすべてを眺め「たいへん良い」と言われたと創世記にあります。ですが後のソロモンは『すべては空しい。太陽の下、人は労苦するがすべての労苦も何になろう』と述べます。

つまり、世界は初めから今の世の中のようには造られていないので、確かにわたしたちの社会の現状が「生きるに値しない」とされるとしても、その指摘も的外れではないかも知れません。

聖書から見る世界は、本来の在るべき姿から「逸脱している」のであって、人間がどう生きるかを「試験」する場として造られたわけではないのです。
さらに、「この世」というものが、「神から離れたもの」、「神との敵対関係」にさえあり、「罪の赦し」と「救いを必要とするもの」であると明かします。そこに「神の導き」のようなものはなく、ただ法則が支配する自動化された自然があるばかりです。

それでも人々は「神」などの「上なる者」の導きや善意を乞い求めて多様な宗教を興してきました。
しかし、創造の神が最初に人間に与えた境遇は「エデン」と呼ばれる場所の東に設けられた楽園でありました。「エデン」とは「楽しみ」を意味します。
創世記によれば、神は天地を創造した後に人を創り、これを楽しませる意図をもっていたことが語られます。

しかし、最初の人間アダムは、この神の愛顧に答えず、創造者の意図から離れてしまったことが次いで語られています。
それは自らを存在させた創造者を愛さずに生きてゆくということを選択したことになり、これはまったく不義なことでしたから、以後、人間は倫理的に欠陥をもった存在となってしまいました。この倫理上の欠陥を聖書は「罪」(ハマルティア)と呼んでいます。

人間が負うことになったこの倫理上の欠陥は、第一に神との絆が断たれたところから始まりましたので、この「罪」は神と人との間を隔てる壁のようになっていて、現在も神と人には越え難い境界線が引かれています。実に聖書は『この世の神』とは創造者ではなく『邪悪な者』すなわち『サタン』であることを記してもいるのです。(ヨハネ第一5:19)

その支配の結果として、人間には寿命が定められ、誰もが必ず死を迎えねばなりません。聖書には『罪の酬いは死』とあります。
この「罪」はアダムによって人類全体に広がりましたので、今日まで人間が利己的で貪欲であり、常に争い続けたことが歴史に深く刻み込まれてきました。「罪」は明らかに「この世」を覆ってきましたし、現に今もそうです。

この状況下では、基本的に「罪」を負ったわたしたち人間には、互いをも警戒しなければならない理由が存在しています。
つまり、他者の貪欲の犠牲にならないようにしなければなりません。
もちろん、身近な人々に善を行えないわけではないのですが、そのような人であっても、常にすべての人に善を行うとは言えません。

端的に言って、わたしたちは奪い合いの世界に住んでいます。
これはたいへんに危険がありますから、人々はそれぞれの貪欲を調停し、抑制する方法というものを、どこの社会でも作り上げてきました。この「貪欲の調停」が「政治」というものの本質的役割です。

人間は、行って良い事と、行ってはいけない事を決めないと、互いに生きて行くことができません。つまり『善悪を知る』ということです。
そこで、人々が横暴に振る舞うことを抑えるための「法」を定め、これに違反する者が出れば、強制してその行いを制御します。
そのため社会の何者にも勝る強制する力がどうしても要るので、非常に強い暴力を用いる組織を持たねばなりません。

この強制力は、社会の内側に対するものを「警察力」と呼び、社会の外に対するものを「軍事力」と呼びます。これらの強制力である暴力が政治というものが存立する絶対的な条件となっているのです。やはり人間は罪人なのでしょう。

これらの権力を社会が失った場合、それは恐ろしいことになります。つまり、人間相互の貪欲の無規制、弱肉強食の危険だらけの「カオス」状態に落ち込んでしまい、世の中はジャングルのように歩くのも危険なところとなってしまいます。
そこでわたしたちの社会「この世」(コスモス)を再考すると、何と!、人と人との間は、強制力である国家権力という「暴力で出来た垣根」で仕切られているのです。

この「垣根」の存在は、あたかも牢屋のようにもなり、そこで人々は「法」という看守に見守られつつ、小さな自由を得ています。
なぜなら、人々が互いを害さないためで、その原因は人間の持つ倫理的欠陥である「罪」にあるからです。

その「罪」は貪欲を介して害悪を行いますが、これは日常的なものとなってさえいます。
例えれば、わたしたちが買い物をするのに通貨またはそれに准じるものを必要とします。
国家なりの政府は、通貨を発行して流通させることにより、商品や財の価値基準を設けます。それを通して個人の満たされる願望の範囲を規制するという目的がそこにあります。
ですが、通貨の流通が作り出す市場経済は、結果的に公平と言えるようなものではありません。

そうでなければ、世界中で見られる富の激しい偏在は説明がつきません。それはむしろ貪欲による果てしない競争を行わせる場となっています。

「通貨」という人々の欲望を規制する制度によっても争いが尽きないことは余りにも明白で、それはわたしたちの買い物での価格のせめぎ合いの中でも生じていることであり、また、そのような競争が無いところでは、誰かの貪欲がはびこってしまうので、価格の攻防を誰も止めることができません。これが「価格の適正化」を促すというのです。そこで破産や倒産、それに伴う失業が数知れず起こったとしてもです。

その争いの中では、弱い立場にある人々ほど生活に困窮するほどの苦境に落とされてしまいます。為政者はその弱者にも区別なく間接税の重荷を負わせます。実に貨幣制度は、多数の弱者を作り出し、死にも至らすことが往々にして起こるものです。

強い者も他の強い者に常に対抗していないと、とてつもない敗北を被ることになるかも知れず、弱者から搾り取ることを余儀なくされても、それを抑制するだけの心の動機はまずありません。 あからさまな奴隷制度は歴史の舞台から去っても、「生かさず殺さず」という搾取の実態は依然として目の前にあるということなのでしょう。

その一方で、職にさえありつけない人々、生活の糧を得る手立てのない人々にセーフティ・ネットが有る国でも、様々な制約を課さねば悪用される危険があって、それが十全には機能せず、その助けを受けられずに自死に追い込まれたり、治療を充分に受けられず寿命を早めることも現実に起こっています。せっかくに設けられた助けも、大きな社会悪に対しては「対症療法」に過ぎないのでしょうか。確かに、この社会は貪欲の争いによって動いてはいても、個人の福祉を顧みることを主要な目的としてはいません。

このような世の中の仕組みについて、古典的経済学の父アダム=スミスは、「人々の欲が経済を活性化させ、それが巡り巡って社会全体を豊かにする」と主張しました。更に、自然界は人間の経済活動を今後もずっと数百年は許容できると考えました。 おそらく十八世紀にはそのように観察されたのでしょう。

ですが、もはや地球環境が壊れていることを示すサインは世界中に顕著にみられているのではありませんか?利益の多くは一部の人々が占有するものとはなっていませんか?
それにも関わらず、人類はこの歩みを止めることができません。
そこに増え続ける人口が、貪欲を懐いて更なる豊かさを求めるこの世界は限界を迎えつつあると言っても過言ではないでしょう。

もちろん、これが創造者の意図した世界ではあるはずもなく、この世に神の支配が行われているわけでもありません。この世の苦しみは人間の持つ「罪」が行った害悪に他ならず、創造者を意に介さないことにおいて、今や人間の作り出した「この世」のシステムの害が頂点に達しようとしているかのようです。

この状況にあって、宗教は無力に近い状態にあります。宗教も宗派同士も「自分たちの正義」を唱えて対立し牽制しあっており、それぞれの信者だけの安寧を教えて、社会全体の抱える問題には何ら有効的な教えを持ち合わせてはいません。精々がボランティアを自慢するレベルにあります。

他方、「この世」は、過去の人々が嘆息して述べた「虚しさ」を越えてしまい、いよいよ「破局」の様子を見せていると言うべきでしょう。聖書では『神の象り』とされる人も、社会のなかの個人というものは、嵐の中の一葉のようでしかありません。

ソロモンは三千年も前に『人が人を支配して、これに害を与える』と指摘しています。
ですが、神は「この世」を憐れんで放置されず、既に二千年も前に人類救済の手段を具体的に準備されました。

それが『神の王国』と呼ばれる神の支配であり、その支配者は「罪」ある人間ではなく、『神と人との仲介者』となったイエス・キリストであることを聖書は知らせています。

あの、弱き者らに寄り添い、傲慢な者を譴責し、遂には自らを犠牲として人の『罪』の贖いに捧げた方イエスを王として迎える『神の王国』を通して、人類の「罪」が許される道を拓き、人類の神への復帰を助ける務めを果たさせるのが神の意志であるというのです。

この犠牲について聖書にはこうあります。
『神は、その独り子をお与えになったほどに、この世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅ぶことなく、永遠の命を得るために。』(ヨハネ3:16)
虚しく非情な破局に向かう「この世」から脱出することは人間自身に出来ることではありません。人類全体はこの窮地から自力ではけっして逃れられないでしょう。その身に負っている「罪」の重さがそれを許さないからです。

ですが、聖書に目を向けるとき
この世に在っても、「罪」からの解放という一本の希望の光が差し込んでいることを理解できるのです。

この「光」は旧約聖書では『諸国民の光』また新約聖書では『世の光』と呼ばれました。
これらは共に『神の王国』のもたらす人類救済を指しています。これが多くの教会で「天国」という仏教の「極楽」のような個人の救いに誤解されてしまっているのは、まったく残念なことです。

「この世」を動かしてきたものが「貪欲」であったなら、『神の王国』の社会を動かすものは「アガペー」と呼ばれる「愛」となります。それが人間が本来抱くべき行動原理です。
「この世」の原則は「他人のためには働かない」というものですが、『神の王国』では『自分を愛するように他者を愛する』ことに置き換えられます。つまり、『罪』の反対側に『愛』があり、この『愛』こそアダムが神に示さなかった特質でありました。

これは「この世の精神」とは百八十度の変化といえるでしょう。「アガペー」と呼ばれる「愛」は「敵をも愛する」ほどに強いもので、これをイエスは「この世」で最期まで体現されました。

人々の貪欲を外からの強制力によって抑制するこの世の「法」のシステムは、キリストによって、「愛の掟」という自発的な個人の内面の規律に置き換えられます。これを聖書は『贖罪』と呼びますが、つまり『罪』をキリストの罪のない犠牲という代価をもって許すことです。それは人間の行えるようなものではありません。どんな社会変革も人に幸福をもたらさないのは当然でしょう。

この世では人々の貪欲が法の網をすり抜けようとするので、法に法が加えられてゆきますが、「愛の掟」は『神と人を愛せよ』という極めてシンプルに、ただ一条あるだけです。しかし、そこで人々は規則に頼らず、自らを省みる必要が生じることになります。自分の貪欲を遂げようとして虎視眈々とするような「この世」の人はそこにいません。

また、創造者への配慮は、与えられた大自然を管理するという人間本来の務めを怠らせることなく、世界はひとつの政府の下に一致してことに当たることができますし、アダムの堕罪以降の『地の呪い』も解けて自然界も息を吹き返し、大災害を見ることもなくなってゆくことでしょう。その自然の美しさは、今日には想像もつかないほどのものなのでしょう。

また、『動揺する海の波』のような今日の市場経済も過去のものとなるので、富の偏在や大不況、また奴隷的雇用にうめくようなこともないでしょう。もとより規制されるべき貪欲が影をひそめるなら、人々の貪欲を調整するための「通貨」というものの必要性さえ失われてゆくことは間違いがありません。他者の幸福を自らのものと捉えるからです。(イザヤ57:20)

イエスは当時のローマ帝国の総督に向かって『わたしの王国はこの世のものではありません。もし、そのようなものであったなら、弟子たちはわたしを捕縛させまいとしてユダヤ人と闘ったことでしょう』と言明しました。

この言葉が示すように、「この世」のものでない『神の王国』では、貪欲を去った人々に暴力の垣根を必要としなくなるでしょう。「罪」から洗われ愛によって生きる人々に警察や軍隊の必要が無いことは充分に信じる理由があります。

新約聖書は『愛は隣人に害を行わないので、愛は法を全うするものなのです』と述べます。
ですから『神の王国』においては、法規制への外面的隷従を去って、「愛の掟」により自発的規制の自由な世界となることでしょう。倫理性を体現した人々であれば、「裁き」というものを恐れる必要もないでしょう。

この『神の王国』が、キリストが「この世」に現れて伝道した教えの主題となっていたものであり、福音書にはこの『王国』について語るイエスの姿が随所に見られます。彼こそが、その王国の支配者となるべき方であったのです。
聖書はキリストについて『この方に希望を置くものは誰も失望させられない』と述べています。

この世というものは、人々がアガペーの愛によって生きることを許さない構造をもってはいます。
それでも、あなたにとっても『神の王国』に深い価値を見い出されるのでしたら、今からでも、神と人を愛し、自らを律する精神を持つように出来得る限りに努めることはできます。 行えることに限界があるのはどうにも仕方ありませんが、それでもキリストを見習うことになり、『神の王国』を待ち望んでいることになるのです。それがキリスト教の信仰となるでしょう。(ヨハネ13:34-35)

 

 

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引用の終わり  「エイレナイオスのブログ」から

 

「この世の神」というのは創造の神ではありません。

その神は人間を虐待する、恐ろしい「神」で、この世を支配しています。

 

ですから、神の「ご意志が地上に行われ」てはいないことになります。

教会のクリスチャンの方々が「み心が天と同じように地にも行われますように」と主の祈りをとなえるのも、神の意志が地上では行われていないことを言い表していることになります。

 

ですが、生きるにつらい日々を送らせることが神の目的ではなく

そこからの救出が聖書のテーマなのですね。

信者たちだけの「天国での至福」というのはキリスト教としてはどうなのでしょう?

 

 

 

 

 

次の日曜の夜からユダヤ暦でのニサンの月の十四日が始まりますね。

 

そろそろ無酵母パンを焼いておこうと思います。

 

この記念は、キリストの死を知らせるという役割があることをコリント第一でパウロが書いていますが、このところ数年行ったのですが、モーセから始まった律法契約が終わり、キリストからはじまる新しい契約が、キリストの犠牲がないといけないということが分かってきたような気がします。

 

イエス・キリストの死というと、やはりガバラからゴルゴタではりつけになり、苦しまれて亡くなるというところに想いが向きます。

イエスはやはり「今、わたしは心騒ぐ。何と言おうか。『父よ、わたしをこの時から救ってください』と言おうか。しかし、わたしはまさにこの時のために来たのだ。」と言われましたし、ゲッセマネでの祈りは汗のしたたりがあったことも書かれています。

 

もちろん、処刑されるのですから、動揺がないなど有りえないでしょうし、ヴィア・ドロローザを引き立てられる間の侮辱も約束のメシアにしてはあまりにも無礼です。

 

 

林先生は、このときのイエスの動揺と悲しみは、神からの正しい者が極悪人に数えられ、それを通して神も卑しめられ、反対に邪悪な者が正しいとされること、特に「磔にされる者は呪われた者」と律法がいっているそのものにされることをキリストは深く悲しみ恐れたと書いています。

 

もちろん、ナザレからこられた人としての苦しみ、荊の冠の棘が刺さり、むち打ちの痛みに耐えながら裁判のあいだに受けるストレスなど、想像するにも大きすぎます。この世からこれ以上ないようなひどい扱いを受けるのですし・・ご最期は・・・・

これが創世記のサタン(蛇)が「かかとを砕く」ということなのですね。

 

ですが、引き立てられるイエスのお姿を見て泣く女たちに、「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け」と言われています。

約束のメシアにこれほどのことをしたからには、エルサレムはそのうちにたいへんなことになってしまうことをいうのでしょう。イエスを引っ立てるローマの兵士が、次にはエルサレムやユダヤ人を罰することになります。それは西暦七十年に起こりました。

 

 

エルサレムの神殿もこわされてしまいましたから、ユダヤ人は律法を守ることもできなくなります。キリストの死から四十年ほども経っていません。

しばらくすると、ここに住むことも許されなくなって、ユダヤ人は自分の国を持てなくなってしまいました。

 

それでも、弟子たちには、主の死はただ悲しむ理由にはなりません。

イエスは、「あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。
 女は子供を産むとき、苦しむものだ。自分の時が来たからである。しかし、子供が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはやその苦痛を思い出さない。」と言われました。

 

律法を守ってきたエルサレムや神殿は、キリストの死を通して終わってしまい、いよいよ、新しい契約の時代が始まり、弟子たちには聖霊がくだって[神のイスラエル]が現れてゆきます。あたらしい民が水と霊からの誕生しました。

 

 

その転換点が「キリストの死」だったので、これを記念しなさいということなのでしょうね。

 

キリストの死はサタンに勝って「悪魔を御自分の死によって滅ぼし、死の恐怖のために一生涯、奴隷の状態にあった者たちを解放なさるためでした。」

ご自分の死によって、人々を死から解放するというのは、最もすばらしい命の使い方だと思います。ほかのだれもできないことです。キリストはアダムの子孫ではないからです。

 

 

今、せめて自分にできること

日曜をよく準備してお迎えしようと思います。

聖徒たちの「過ぎ越し」、その食卓を整えること

各地のみなさんとこの夜を共に記念できますように。。。