どうも こんばんは、




最近、ビックリすることがありました!

私は毎週土曜日、部活があるため、

学食をカフェテリアで、部活の人と、

2人で食べていました。
土曜のお昼時とあって、とても混むんですよね

私たちは早めに来たので席を取ることが出来たのですが


座れずに空いてる席を探す人が大量発生します。その中に私と同じクラスの友達がいました。



その友達は自分の部活仲間と三人でいて、

私を見つけると、この席に入れさせてと、
頼んできました。もちろん私はOKしました

もともと5人席を2人で使っていたので、
ちょうど3人座れましたから



また、しばらくすると去年同じクラスの子と
一昨年同じクラスの人がいて
私を見つけると
テーブルだけでも使わせてと頼んできました
もちろんOKしました。





さて、もともと、2人で食べていたのに
今や、7人でしかも私中心で人が集まり
ワイワイとお昼を一緒に食べてるじゃありませんか!



とっっっっても感動しました!
私は学校ではお世辞にも友達が多いとは
言えません。




毎年のクラス替えで、友達はそのクラスの

私と同じ余り物の子達ばかりで、4人ぐらいでした
(いい人ばかりでしたが)






それが土曜のお昼に私の友達の友達が集まり、

私の友達同士が私の知らないうちに
私も友達の友達と
繋がっていたからです!


こんな風に友達というのは樹形図
みたいに増えていくんだな、と思いました。




それと同時に「友達の定義」ってなんだろうと
思いました。







そもそも友達とは…
「一緒に何かをしたり遊んだりして、
                            親しくつきあっている人」
                                          (新明解国語辞典より) 


…………


ウ〜ン…ざっくりしすぎで、
よく分からん!!(°~°)






大体いくら仲がいい友達でも、気が合う友達でも
嫌いなところが一つもない友達なんているのでしょうか?



私はいないと思います。
 

嫌いなところがないことは素晴らしいことかも
知れません。けれども本当にそうでしょうか?



なぜなら、嫌いなところがあっても
一緒にいて楽しい、一緒に居たい
という事が友達何じゃないかなと思うからです



それって、他人の嫌いなところを受け入れてんるですよ?素晴らしい事じゃないですか?


もし嫌いなところがなかったら
こんなに素晴らしいことに気づけなくないですか?
(嫌いなところがないって言う人を否定してる訳ではありません。むしろスゴイです)




人と自分が違うのは当たり前、だってその人は
「自分」じゃないから、


嫌いなところがあるのもあたりまえ、
そこを受け入れたり、
どうしても嫌だったら話してみたり、
認めあおうとすることが大事!




逆にダメなのが一方的にこの人のここが嫌いって言うだけで、
その人の全てを嫌いになってしまうのが
1番良くないと思います!



何事も言わなきゃ伝わりません。
察しろとか、空気を読めとかは間違いです


大事なことは
それぞれが伝えあって、お互いがお互いの
嫌いなところを認めあって、受け入れようとすること
そうすれば、友達なんて簡単です!



つまり…友達の定義なんて最初からない        という事が今回分かりました!


あえて言うなら
友達というのは数が大事じゃなくて、中身が肝心ということですかね






つまり、この記事で、私が言いたいことは…


友達の定義なんてない!
大事なことは
嫌いなところはあって当然!
嫌いなところがいくつあっても
お互いが一緒にいて楽しい
と思うことが大事
逆に1つ嫌いなところがあるだけで
その人の全てを嫌いになることだけは絶対にダメです
ちゃんと受け入れようとすること



以上です!長々と失礼しました!
役には立てたでしょうか?


ジャンジャン友達を増やしてって下さいね!
1人いるだけで、全然違いますよ! 
顔晴って下さい!


何かあれば、コメントください!
お待ちしております!(*^▽^*)