50年前、1964年のオリンピック記録映画、「東京オリンピック」です。
何回か観てますが、あらためて観てみると、ナレーションとか音楽とか、けっこう大人っぽい映画だったんですね。
その頃の子供たちに、映画館でこの映画を観せて、この長さの時間、もったでしょうかね、
かなり渋めで、眠くならなかったかなあ。

筋肉の躍動、選手や観戦している人々の表情がうまく写されています。

また当時の町の様子や、人々の様子から、ここから先の躍進する日本感が伝わってきそうな映画です。

いろんな競技があるなかで、マラソンの「裸足の王者」こと、アベベ選手にはかなりの時間をさいてました。注目選手だった事もあるでしょうが。

今も昔もやっぱりオリンピックの花と言えばマラソンになるでしょうかね。
ランナーの汗が、そのまま感じ取れる迫力のある映像です。


あと、お若い頃の皇后さまが、競技を観戦されてる様子も写されていました。
その美しさときたら、ほんと脱帽ものです。お綺麗です。
確かご成婚の時のフィルムでは、若々しくふっくらと、まだまだお嬢さんぽい感じに映ってたように思うのですが、
そのわずか五年後のオリンピックの時には、スキッと、かなり大人っぽい感じになっていて、少しの間で、女性って随分と雰囲気が変わるものなのだなぁと思いました。

自分なりのちょっと違った視点から映画を楽しみました。

2020年ではどんな映画が出来るのでしょうか、
どんな花形選手が映されているのでしょうか、


もう一度躍進に向かう日本が映し出されていればいい!!  (願)  

お金持ち相手でなければ、実入りの良い商売にはなりません。
これは確かです。
分かっています。

お金のある人にとってカジノは楽しい遊び場なのでしょう。きっとそうなのでしょう。

金の無い人間はカジノ遊びなんてするそもそもの元手がありませんからね、
遠い世界の話です。
お金の無い人間が、「お客様、カジノでございます、どうぞお遊び下さいませ」と、
生活の為、お金の為に労働を提供する側になり、
そばで、裕福な人が、そのお金、そのものでお遊びをします。

格差社会というシステムを認めざるえない日本を、
ちよっと悲しく思ったりもするのです。

平等の遊びってものはないものか、
それよりも、平等にみんなが平等に、遊び事に興ずる良い社会は出来ないものかと、
これまた、バカな子供っぽい夢を思い描いて、ため息ついて・・・
         そんな私をどうぞ笑ってやって下さい。

すでに産まれ落ちた段階で、生きる為の一切の労働から解放される程の、大大富豪大大財閥の身であったなら・・・人生の全ての時間を芸術的、文化的な探求に費やす事が許されるとしたなら・・・
究極を目指す為の苦悩はあったとしても、納得のいく人生を生きたと言えるだろうな。

ただ食べる為に人生のほとんどの時間を労働につぶしてしまうというのは、生きていて悲し過ぎる様な気がする・・・ほとんどの人がそうだけど。

みんなが遊ぶ事だけ、好きな事だけして楽しく生きていかれるシステムは作れないものだろうかと、子供の時からしんけんに悩んでいるのだが・・・ ・・・ そんな私は変か

心には一点の曇りもない・・・ことは決してなく、小さな嘘や虚栄のシミが所々にはあったりする。が、それでも出来る限り正々堂々と生きてみるか。「正々堂々生きた者には、正々堂々死んでゆく、という素晴らしい特権が与えられるのだ」             w座から 
いい言葉だ。  聞いてて泣けた