10月19日、陽性反応がでました。

二人目妊娠しました。

病院は10月31日に行きますが、正常妊娠を願うばかりの今です。

つわり、きてます。。。



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またサボってしまった。

お久しぶりです。



タイトル通り、さりげなく卒乳、成功しました。

結局、一度もおっぱいを欲しがることもなく。

すんなり過ぎてさみしい。


娘はミルクを飲む生活にも慣れ

こっちもミルクをあげる生活にも慣れてきました。

そろそろ牛乳も試してみようかな。

コップも練習してみようかな。
(私が飲ませるぶんにはこぼさず飲めます)



卒乳してから一週間経ちました。


嬉しいのか

さみしいのか

悲しいのか

喜ばしいのか、

娘はちっともおっぱいを欲しがりません。


今日も一緒にお風呂入りましたが、見向きもせず。

寝かしつけるときに、たまにおっぱいにスリスリしてきますが

おっぱいめがけて、というわけではなく

スリスリしたのがたまたまおっぱいだったというだけのこと。



なーんか、あっけなくこのまま卒乳できそうです。


私の巨乳生活は終わりを告げ、胸元がさみしくなりましたwww
タイミングがとれたと思ったら

眠気

食欲

があらわれて私を惑わします。


お腹がポコポコするけど、子宮の位置でもないし

そんなウマイ具合に妊娠なんてしないってわかってはいるのに。


生理前の症状と同じだし。



想像妊娠っていうより、妊娠の妄想?


ちょっと、いったん落ち着きたいです。


育児とは全く関係ない話題です。



今年の1月25日に私の一つ下のいとこが亡くなりました。

まだ27歳でした。

病気が発覚したのは去年の秋。

虫垂に悪性腫瘍ができていて、それがすでに大腸に転移。

手術はできず、抗がん剤の投与により治療をしていくということでした。


当時、私には詳しいことは教えられていませんでした。

いとこたちには心配をかけたくないという

伯父さんの配慮によるものでしたが、母から少しだけ聞いていました。


彼の誕生日に手術で抗がん剤を入れやすくする器具を右胸に埋め込みました。

その際の入院のときに娘を連れてお見舞いに行きましたが、

生きている彼に会うのはそれが最後でした。


娘を彼のベッドに置いたところ、

するすると彼のところへ近づいて行って、彼の足の間にチョコンと座りました。

埋め込んだばかりの器具に興味を示し、引っ張ろうとしていました。

そのとき一緒に行った海外赴任から一時帰国していたいとこには

大泣きで抱っこも拒否していたのに、彼にはすぐに懐いて不思議でした。

そのすぐ後にベッドから落下し、おでこにたんこぶを作りました。


その光景は、きっと一生忘れないと思います。


最初に告知された余命は3年と、あとになりわかりました。

3年といわれ、どんな気持ちだったか想像できません。

治療の甲斐もなく、若い体はどんどん蝕まれ、

告知から2か月で彼は逝ってしまいました。

精いっぱい戦って、受け入れて、風のように去ってしまいました。

いとことして、まるで兄弟みたいに育ったけれど、

いったいどんな青年になっていたのか、私は知りませんでした。


慶応大学に進み、会計士試験をパスし、公認会計士として働くはずでした。

それは伯父と同じ道です。

監査法人に勤めていて、サッカーが好きで、かわいい恋人がいました。


お通夜には27歳の青年に別れを告げようと、

関わりのあった人がたくさん訪れました。

友人、同僚、その他、お仕事関係の人300~400人です。

いかに交友関係が広いか、その付き合いを深くしてきたのか、

その人望の厚さがありありとわかります。


かなわないなぁ。


そう、思いました。


結婚を約束した恋人にはかける言葉がありませんでした。

気丈にふるまっていましたが、それがかわいそうでなりませんでした。

彼女には本当に幸せになってほしいです。


彼の頬に触れて、私もお別れを言いました。

「ありがとう」と言いました。

冷たい冷たい頬、伯母さんの宝物だった彼。

頼れる、偉大な存在の兄。

自慢の息子。

もう、過去の人になってしまうけど、

心の中に生き続けるんだと私は強く思っています。


今でも、彼はどこかで笑っているような気がします。


何が書きたかったのかわからなくなってしまいました。

彼が亡くなって約100日が過ぎたのです。


親より早く死んではいけないって思います。

それがどれだけ悲しい、残酷なことか。

そして、娘のことをよく見ていなければいけないって思います。





母が気づいたのですが、


娘の右胸が少しコロッとしているのです。



私は全然気が付いていなくて、


それを棚に上げて


毎日お風呂に入れてくれていた父親が気づいていないのに


若干イライラしてしまったりして申し訳なかったのですが、


母も、今回実家に帰ってきてから気が付いたというのです。



ホルモンの問題かな、とも思うし、


悪い病気だったらどうしようかとも思うのですが、


勇気がなくて。



連休が明けたら病院に行くか、


もう少し様子を見るか・・・。



心配事が一つ増えてしまいました。





一応、私の中だけですが、


5月5日をもって卒乳しようかと思っています。


さりげなく。



娘はかなり前からおっぱいを欲しがりません。


私が「飲む?」と言って、おっぱいをあげるしぐさをした時だけ


「欲しい!」とアピールする。


そんなことがここ1か月くらい続いていました。



実家に帰ってきてからフォローアップミルクを飲むようになり、


私も本格的?に生理が始まったりしていて


おっぱいの出も悪くなってきていました。


「おっぱいがほしーーーー」


というアピールはとっくにしなくなっていたのです。



だから、こどもの日を最後にさりげなく


おっぱいから遠ざかってみようと思います。




すごくさみしいです。


昨日、車の中であげた、あのおっぱいが


娘にあげるさいごのおっぱいになるなんて考えていなったけど


覚悟しちゃうと余計にさみしくなるような気がして、


きっと泣いちゃうと思うので、


これくらいがちょうどよいのではないかと思っています。



ま、ただの計画?予定?なので、


娘から何かしら反応がったら、臨機応変に対応したいと思います。





実家に帰ってきてから、娘は『ウンウン期』がおとずれていました。


ウンウン期とは

イヤイヤ期の様にイヤイヤしまくるのの真逆で

ウンウン頷きまくるというラブリーな時期のこと。




「これ食べる?」―――ウンウン(うなずき)

「お風呂はいろっか?」―――ウンウン

「お母さん好き?」―――ウンウン

「カワイイねぇ」―――ウンウン

「階下におりるの?」―――ウンウン

「(犬に)パンあげるの?」―――ウンウン

「おいしいねぇ」―――ウンウン




こんな調子で、面白いからずっと質問してました。

何でもかんでもウンウンしてくれるんです。





でもここ数日、様子が変わってきました。

首を横に振るようになってきたのです!

これは大きな変化☆

しかも、すべてにイヤイヤするわけではなく、ちゃんと選んでるんです。

その時にして欲しいこと、嫌なこと、まるで言葉を理解してるみたい。


スゴいです!


スゴい時期きてます☆

な~んか偶然、タイミングとれてしまいました。

何とも言えない気持ちになっています。



娘のことが愛しすぎて、次の子のことを考えられてなかった。

今も正直考えられません。

今妊娠したら、月齢は離れていても年子。

理想はもう一つ学年開けたいのです。



タイミングや計画に左右されずに、赤ちゃんはできるときにしかできないんだとはわかっています。

ベビ待ちの6周期、約8ヶ月のあのつらかった精神状態を思えば

今みたいに思い詰めないで妊娠できたほうがいいに決まっています。



でも娘とのことで気持ちの整理がついてない今、妊娠してもいいのだろうか?

そんな考えで頭がいっぱいです。

娘との関係、
いま私が置かれている状況、
病院のこと

とかイロイロ考えなきゃいけなかった。


ちょっと反省です。

今から少し考えてみます。




以前、私より半年前に出産した先輩が

「3人欲しい。早く次の子が欲しい。」

と言っていたのをスゴいって思って聞いてました。

ちゃんと考えれてスゴいって今でも思います。

先輩の子、手がかかりそうで大変なのに。




むむむ。