2015年にCHILA BAGS(チラバッグス)と出会い、本国コロンビアのCHILA BAGSクリエイティブディレクター、ラウラの元を訪れたのが2016年9月。
東京から約1日半かけて首都ボゴタへ飛び、ボゴタの空港で初めてラウラと対面し更に飛行機で2時間、ワユー民族が住むグアヒラ半島を訪れました。
到着後、空港からタクシーに乗り込み、空港近くの町リオアチャで村までアテンドしてくれる村の女性と合流し、いざワユーの村へ!
外部者は許可なしでワユーの村に入ることが許されておらず、それを知らずに初めてラウラが村を訪れた際、村の男性に銃を突きつけられ追い出されたエピソードや、作り手の方々と信頼関係を築くためにリオアチャへ足繁く通い続け、今では多くの民族の方々と直接契約しバッグを作ることができるようになった、という様々な苦労や経緯を聞きながらリオアチャの町を抜け、砂漠が広がる公道を走り続けていきました。
すると突然、公道から外れた道の無い茂みへ曲がり、ぬかるんだ道をずんずんと進みはじめます。
本当に大丈夫だろうか?この土地に私を知る人は誰もいない、ラウラも初対面だし。もしかしたら私は騙されていて茂みの奥にいる麻薬王に売り飛ばされてしまうのかも。。
ワユー民族の方々に会いたくて縁もゆかりもない南米の砂漠地帯へ突撃・・そんなクレイジージャーニーさながらの大冒険をしている事に、今更ながらいらぬ不安が頭がよぎりながらも、半ば覚悟を決めて走り続ける車に揺られながら行き着いた先に、ワユー民族の方々が住むランチェリアが見えてきました。
麻薬王らしき人はここにはいなさそう、売り飛ばされる事はなさそうだな、とホッとした瞬間、そのコミュニティに住む家族、総勢30名ほどの人々が出迎えてくれました。
家族の大半数が子供。子供達は今まで見たことない顔つきの訪問者に興味シンシンで、私と一定の距離を置きながらもジロジロと観察。初めは話しかけても中々近づいてくれませんでしたが、一人の男の子が私にワユーナイキ(ワユーの独自言語)で話しかけてくれるようになった途端、他の子供達も一同に集まってきてくれるようになりました。
挨拶を終えひと段落すると、女性たちはおもむろに編みかけのバッグを取り出し、ポカポカとした太陽の下、バッグを編みはじめました。放し飼いにされた動物に囲まれ、子供たちが遊んだり、ハンモックで揺られながらのんびりしたり・・。そんな日々の日常の中に溶け込み、編まれるバッグを目の前で観て、バッグの奥深さ、伝統への敬意、今まで知識として理解していたバッグの背景、伝統が本当に素晴らしい価値のあるものである事を実感した瞬間でした。
作り手に会いに行き、バッグが作られる工程を見て見たい!初めてワユーバッグを見た時に一目惚れした時から、ずっと思いを馳せていたワユー民族の方々とその伝統Wayuu Bag(ワユーバッグ)。
日々の日常の中で、民族の女性たちがワユーバッグを編む姿、代々受け継がれる繊細な伝統技術は想像を超えた感動的な技術が詰まっている事を実際に目の当たりにし、伝統と作り手への敬意を強く実感した日となりました。
ランチェリアを訪れた日の夜、このバッグをただおしゃれで可愛いバッグとして広めるだけではなく、背景にある作り手のストーリーや、文化をしっかり伝えていきたい、今日実際に見たバッグの伝統の感動を一人でも多くの方と共有したい、と強く感じ、その日からはるばる太平洋を超えて日本に届けられていくCHILA BAGSのストーリーが始まりました。
自分自身がワユーバッグに一目惚れして突き進んだプロジェクト。
毎日持っていても毎日新鮮な気持ちで胸がときめくバッグ。
365日どんな時も持っていたいバッグ。
私自身が感じるこの溢れるワユー民族のバッグに対する愛と、そのときめきを少しでも多くの人と共有したい。
その思いひとつだけで始めました。
一人でも多くの方にバッグの背景、魅力をたくさん知って頂きたいし、伝えさせて頂けたら幸いです。
このブログでは、ホームページだけでは伝えきれないチラバッグスの魅力、ラウラの思い、
そして新作情報の発信など行っていきたいと思います。
宜しくお願いします:)
Nana.




