どうも、
ヴェルディ川崎に入りたかった、
久保です。
あの頃はアフロでした。
今日は健康診断にきておりますのですが、かれこれ一時間以上、待合室に缶詰め状態であります。
暇でこざいます。
***
高2の時に、なんとなく
このままじゃJリーグに入れないんじゃないかと、
なんとなく気づきましたね。
もっと早く気づけよって話なんですが、高3になったら背も伸びて、
もっとめっちゃサッカー上手くなると本気で思い込んでいたので、
ヴェルディもしくはラモス瑠偉からの勧誘を、本気で待ってました。
大流行だったスラムダンクに憧れて、
寝るとき以外は、下半身にパワーアンクル(重り)巻きつけて過ごしており、
クラスの学級会で
「久保君が装着しているパワーアンクルに、校庭から持ち込まれた砂利が付着して、クラスの床がザラザラになるので、久保君は教室内ではパワーアンクル外して下さい。」
と、クラスメイトの片田さんという女子に裁判を起こされ、
当時 桜木花道をすっかり同一視していたオレは
「片時も外す気はありません」
と、
片田さんを筆頭とする女子、
しいてはクラス全体に喧嘩を売ったりしていました。
夏、隣県の群馬に遠征にいった際、
同学年で当時U-17の日本代表だった前橋育英の松田直樹氏と対戦し、
異次元のプレイをみせられ、チンチンにされた記憶がありまんす。
その冬、選手権で、これまた隣県の同学年の中田英寿さん率いる 韮崎高校の緑のユニフォームをTVで見ながら、
血管がきれるくらい悔しかった記憶がありまんす、。
そして、そうしてるうちに
いつしか、サッカー選手は自然に諦めたようで、
将来への希望は方向転換され
様々な 紆余曲折をへて
どう間違ったのか、
役者になっておりました。
まあ 当時の私は、思い出すのもはばかられる、若気の至り1200%の純粋培養バカでしたが、
しかし、なんとなく
何でもできちゃうかのよーな、
色んなモノになれるかのよーな
そんな細胞で構成されていた時分だったです。
最近、いまこの頃は、
普通に生きていく事すらとても難しいと感じるし
そーゆう世の中だし
いや、普通に生きるのこそ究極だとも思うし
その中に色々詰まっている気がするし、
いやね、何か諦めたとか、達観とかでわなく、切り口が変わったよね、昔と。
天災や不況、
人生には避けられない落とし穴もけっこうありますし、
マヤ暦、今日で地球終わりとかいってるし、
つーか 今ここで死ぬのだきゃあ絶対イヤだね。
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普通に、22日になりますよう。
ま なると思うけど。
また明日ね。
kubokan



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