私にはどんなにがんばっても
二つの世界を目立たぬように
行き来することができなかった
一方には標準的な人々の住む世界があり
他方には不揃いの人々の住む世界がある
どちらか片方の世界を離れ
もう片方の世界に入ったとたん
私は決まって大声で到着を宣言してしまっているようなのだ
標準の世界を訪れるときはまだいい
自分にも比較的自信を持っていられるし
たいていは冷静さを保つこともできる
ただその代わり、いつよそ者と見破られるか
常にはらはらしていなくてはならないけれども
ところが、一歩横に踏み出して
不揃いの世界に入るともういけない
これまで自分を固めていた糊がゆるみ
ちょっとくつろいだ気分になったかなと思っていたら
何の前ぶれもなく生の神経たちが
舞台の中心におどり出て
今すぐにめんどうを見ろと騒ぎ出す
こちらはその手当に追われて
舞台の上でなら使えたはずの
対話のテクニックもボディーランゲージも
何一つ思い出せない
この奇妙な異変が起きると
幼い頃によく行ったあの場所に
逃げ込むしかできない
周囲で起きていることのいっさいから
意識をそらすしかない
みんなの暖かい笑い声や冗談も
互いの近況や計画を語り合う声も
応援や励ましのことばさえも
締め出すしかない
そんなことより
とにかく頭をからっぽにすることに
専念しなくてはならないのだ
くり返しくり返し数字を唱え
どこか静かな場所
どこか騒音の追ってこない場所に
ひたすら焦がれるしかできなかった
あれはもしかしたら
感覚刺激の負担が限度を越えてしまったのかもしれない
あるいは次に何が起こるか予測できないせいで
神経がすり減ってしまったのかもしれない
いや、単に、狭い空間で
慣れない人たちのすぐそばにいる感覚が
悪かっただけかもしれない
とにかくはっきり言えるのは
あれが恐ろしい体験だったことぐらいだ
みんなの顔と顔が混ざり合い
人々の声は調子っぱずれに聞こえだす
自分の五感がさっぱり当てにならなくなる
周囲のできごとはスローモーションになり
やがてストップしてしまう
どこか静かな場所、誰もいない部屋を見つけて
自分を立て直すまでは、元には戻らない
ここまでことが進んでしまうと
自分をとり戻すのは容易なことではなくなるが
時間をかけることさえ許されるならば
必ず元に戻ることはできるものだ