不倫発覚から夫婦関係に答えを出すまでの記録 -2ページ目

不倫発覚から夫婦関係に答えを出すまでの記録

夫の不倫発覚後から気持ちを書き綴ることで、自分の心を整理しています。
これからどういう結末になるのか分かりませんが、なんとか前を向いて生きていきたいと思っています。

私はここ最近、ずいぶん回復してきた。

一時は食事も喉を通らず、ウィダーインゼリーで1日を過ごしていた時もある。固形物を受け付けなかったから。


食事をとらな過ぎて、ちょっとコンビニまで歩いただけでエネルギー切れを起こし、ウィダーインゼリーを一口ずつ飲みながら、トボトボ歩き、エネルギーを補給しながら、なんとかたどり着いていた。

滑稽な話だが、事実だ。


最近、自分らしく生きることの決心がついてからは、食事が美味しく、取り戻すように食べている。


と、同時に、心もみるみる回復し、心と身体はつながっていると感じる。



夫は出張中だが、どこにいるのかも全く知らない。連絡も取っていない。


最近、彼の弱さについて考える。

夫は、自分を鋼のメンタルと称しているし、彼の周りの人もそれに異論はないと思う。


けれど、家事も育児もフルタイムで働く私に任せ、そのことで文句を言われる家庭が居心地が悪い、嫌われていると思っていた、なんて不倫の言い訳を述べ、謝りもしない夫は、なんて弱いのだろうと思う。


そう思うのは、彼の中に罪悪感や無力感があるから。それに、フタをして、居心地が悪いという表面だけ見ている。


自分が欲しい、若さと自由を持ち合わせていて、自分を尊敬してくれる不倫相手に、自己肯定のために逃げた。


なんて弱いのだろうと思う。


対して私は、どんな時でも、この期に及んでも、人を愛そうと努力していてすごい。


年間10日も休みがない夫なので、一人で子供を育て、在宅で働ける仕事に転職し、そこそこの所得を得て、夫のことも愛そうと頑張っていた。


家事や育児を、手伝って欲しいと文句を言う程度で済んだこと自体がすごい。そのすごさが分からない夫は未熟だ。


文句を言わなければ壊れてしまいそうな自分を支え、よくやっていた。


私は私への信頼を増した。私の価値はなにも損なわれてはいない。むしろ上昇した。自己肯定は自分で築かないと、実質的な意味はない。


結局、人は自分の行動してきた積み重ねでしかないと思う。


私は私の行動の積み重ねを誇りにしているし、自分を益々信頼している。


夫はきっと、私といると辛いのだと思う。夫のしてきた行動の積み重ねが彼自身でしかないのだから。


私という存在は、彼の弱さや罪悪感や孤独を映し出してしまうのだと思う。

出張という形で私と距離を保つ正当な理由をつけて、自分は強い、冷静だと思おうとしているのだろう。


私はもう自分を犠牲にはしない。

私は私の自由の責任を受け止め、それでもなお希望を持って、自分らしく生きていく。それが私の自由の形だから。


絶望と痛みを乗り越えた先にしか感じられない自由みたいなものを私は感じている。

ワンオペだと、行きたい時にすぐ美容室に行けるわけじゃなく、依然としてままならない時間の自由だけれど、不思議と前よりずっと自由だ。


強さとは、鋼のメンタルのように傷付かないことじゃなく、どんなに傷付いても、自分で自分を治して立ち上がれる事だと、私は思う。