モノを考えたり、なにかを希望したりという深い思考力は無くなってるように思われる脳血管性認知症の父。

目先の欲求や本能的な快不快が感情の現れとなっとります。

心配や憂い事から解放され、恐怖や不安はない世界のよう。

ただただ、目前の出来事に対しての感想。

が、何かきっかけで関連づいての思慮深い発言あったり。

でもそれは、考えてしゃべってるというよりは、自然と口から出てきてる状態のよう。

 

うぅむ、世の中がどんな見え方してるんだろ。

たぶん、私らとは違う。想像できない世界観ですなぁ。

ただ、本能なんで実直。

快不快がわかりやすいんである。

で、それに対しての発言も即答なんで、喜怒哀楽で表現。

オブラートに包んでとか、周囲への配慮はないんである。

 

自己主張激しい3才児ぐらい?

考えてない分、長引かない。

でも、気になることは気を紛らわせても繰り返し戻る。

 

ふとした時の表情とか、うつろになる眼差しとか、寝顔とかを眺めていますと、死期を感じるわけです。

その状態で長い年月を迎える人もいてるそうなんで、一概に死期の近さを物語ってるわけではないんだが、達観したような超越したような、俗世間とは隔離されたような空気感を漂わしてると、半分、この世にいてないなぁ~って思う。

 

本人が選んでそうなったわけでなく、なるようになってそうなったんで、別に悲観するつもりもないし、ただただ受け入れるだけ。

幸いなのは、充分に高齢で、寿命で考えると、その現実を受け入れやすいこと。

後はただただ時間が流れるのに抗わないだけ。

 

【おかんのひとこと】死の恐怖から解放される段階があるのは、余命を待つ身には理想的だと思うが、お世話する周囲は大変。