どうやら『思考』だけに取り組んでも
覚醒はできるのだろうと思われます。
思考を選ぶことで
感情の周波数は自ずと上げられるし
そうやって
周波数を変えていくことは可能。
そして高い周波数に
十分長く留まるようになれば、
覚醒レベルに達して
目覚めのプロセスが始まります。
でも覚醒したとはいえ、
そういう覚者のような
覚醒レベルの意識状態にある方々が
割と病で亡くなるのを
耳にしてきました。
それはあまりに覚醒に伴う
身体的プロセスが強烈で、
体が適応しきれなかったという
場合もあるようですし、
因縁のような様々な理由がもちろん
背後にあるでしょうし、
そもそも病で亡くなることが
悪いことでも全くありません。
ですが、ストレスが
体に大きな影響を与えていて
病の原因になっている事は
明らかとなっていて、
感情に取り組む事、
ストレスを解放することが
体の滞ったエネルギーを
解放することになり、
病の元を癒すことに
貢献することも明らかとなっています。
つまり
思考だけに取り組んでも
覚醒レベルに意識は到達できるけれど
体に残っている抑圧された感情は
向き合わない限り残ってしまうため、
周波数の高い
覚醒レベルの人であっても
病が具現化されてしまう、
という事があるのだと思われます。
もちろん、
それが悪いことでは無いし
死はただの一つの節目、
次の生への転換期でしか無いけれど、
この体を最大限生きる、
という意味で、
体の中に抑圧されている
感情に取り組み
その声を
聞いてあげることは、
とても大切な
自己愛のプロセスだと思います。
それは
過去に取り残された自分や
先祖の想いを解放することでもあり、
集合意識の
心の闇の解放にも貢献し、
そのように多くの存在と共に
意識を引き上げていく事です。
思考にだけ取り組んで
覚醒ができたならそれで
もちろん素晴らしいことなのですが、
覚醒すれば、今ここには何の問題もなく、
取り組むべき心の傷などない、
という境地になり、
”癒すべきものなどない”となれば、
心に取り組むこともなくなります。
それも一つの覚醒のスタイル。
でもそれだけが覚醒の形
なのではなく、
癒し続ける覚醒のスタイルもある、
とジーンキーにあります。
(10番・15番)
覚者が瞑想によって
自分に取り組むには限界がある。
とネオエモーショナルリリース
創始者デビッドマニングも言います。
意識を上に上にあげていく、
それだけが覚醒の道ではなく
意識を
内へ内へ下ろしていき、
体の奥に眠る
最も深い闇へと降りる道も
大切な覚醒の道。
覚醒をより広い器で
深めていくために必要なこと。
なのだと思います。
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