日付変わって3日前のことですが、D9、鍼灸に行ってきました。


私の通っている鍼灸院の不妊鍼は、毎周期、リセット後、排卵前、排卵後、の3回。

今回私の予想よりだいぶ早くリセットしたのと、台風やら連休やらで予約が取れずちょっと遅めのD9治療でした。


いつも脈を見ただけで体調をズバリと当てる先生なんだけど、この日は何も言われず。

どういうこと?キョロキョロ


気になったけど眠気の方が勝ってしまい、始まった途端にグーグー寝てました💦

いつもは後半にウトウトする感じなのに、疲れてたのかな。



本日D12

今回通院してないこともあってか、いつもに増して基礎体温ガタガタです。

自覚症状も全くなし。
いつもならこの時期から、オリモノ増えてきたりお腹張ったりしてたのに。

生理前でもないのに、なんかやたらとイライラするし。
主に夫に対してだけど!

タイミング取る気が湧きませんですぼけー
もちろん頑張るけどさ。


排卵日の特定も難しい…

検査薬頼みやな!



望みは薄い今周期なんだけど、なぜかこれまで妊娠した2回とも、ちょうどこの時期だったんですよね💦

だから、な~んとなく、この時期はイケるんじゃないか、とも思ってしまうてへぺろ

どんだけポジティブなんだか。



今まで通院していたクリニックの先生曰わく、

「畑を耕して種をまいて、実りの秋だからね。妊娠する人多いのよね~」


どんな根拠があるのか不明。
でも。
去年も、そして4年前、息子を妊娠する前もそう言われた記憶があります。

今年は聞けなかったけど。


実って欲しい!!チュー
今日は特に予定もない日。

夫は早朝から仕事に行ったので、息子と2人、ゆっくり起きて近所のミスドへ朝食を食べに行きました。













以下、流産経験の話です。
しかも何かイイ話とかではなく、単なる私自身の記録用に、思い出せること、思うことだけつらつらと書いてます。


読みたくない方、不快な思いをされそうな方は、読まずに戻って頂けたらと思います。
どうぞ宜しくお願いします。







下矢印



下矢印



下矢印



去年の年末、流産したとき。
私は息子の存在にかなり助けられました。

告白しづらいことですが、この子が生まれる前までは、周りで二人目、三人目を流産したという人の話を聞いても、すでに子どもがいるんだからそんなに悲しくないでしょ、じゅうぶんでしょ、大丈夫でしょ、と心の中で思ってました。

二人目の妊活をしてる人に対しても、同じようなことを思ったり。



自分が、子どもが欲しくて、でもなかなか出来なくて。

年齢的にも焦りがあり、ひねくれた私のひどく歪んだ考え方でした。



その後、私も1人授かることが出来て、無事に出産し、母になれたとき。
もうとっても幸せなんだけど、贅沢な願いだけど、でもどうしても、もう1人欲しい。
息子に弟か妹を。


妊活は、二人目でも真剣でした。
もちろん今も。

1人目のときのように、治療を生活の最優先に!とはなかなかいかなかったし、夫の精子の状態も以前より悪かったけど、自分たちなりに努力して、11月の頭、AIH3回目で妊娠出来たとわかったとき、本当に嬉しかったんですよね~。


また母子手帳を手に出来た喜び!


9週に入った頃、早いかなと思いながらも、つわりもあったので色々迷惑かけるしと自分の両親にも職場にも報告して、おめでとうって言ってもらえて、大事に大事に過ごしていたつもりでした。


でも、12月23日の夜、息子とお風呂に入ろうと2人で裸になった途端、下腹部がギューッと痛くなりました。

思わず座り込み、少し治まったと思って動くとまたギューッ。

でも、お腹を下したときの痛みにもちょっと似ていて、そっちかな?とも。

トイレに行きましたが、何も出ない…

でも出血もない。


そのうち痛みはなくなり、息子を裸んぼで待たせていたこともあって、不安ながらも入浴を済ませました。

そして寝かしつけのとき、またもや痛みが。


やっぱりおかしい!


不安が大きくなり、息子が寝付くのを待って、病院へ電話しました。

しかし、助産師さんからは

「痛くなることはある。今来てもらっても何も出来ることはないので、心配なら明日の朝来てもらえますか」

と言われ、仕方なく翌朝まで待つことに。

痛みはその後消失したのですが、クリスマスイブの日、朝一番で診てもらいました。


エコーに映った小さな赤ちゃん。

前回ピコピコ動いて見えた心臓は、このとき私には確認出来ませんでした。

色々なことが頭に浮かび、でも考えまいとする自分もいて。


しかもその時は、先生も何も言わなかったんですよね。

「うーん。1週間様子を見ましょう。でも外来が年末年始のお休みに入るから、29日にもう一度来てください」

とだけ。


もしかしたら、私に見えなかっただけで、先生には心臓動いて見えたのかな?

確認しなかったことを後悔しましたが、聞くのが怖かったのも事実でした。


もし、まだお腹の赤ちゃんが頑張ってくれていたとしたら、私が不安な気持ちで暗く過ごすのはきっと良くない。
息子の為にももちろん良くない。

1週間待たずに診てもらえることをラッキーと思おう!と前向きに考えて過ごしていました。

ちなみに、このときも悪阻はしっかりあったので、それも望みを捨てずにいた理由のひとつでした。


だけど。

12月29日、診察の結果、残念なことに赤ちゃんの心拍は確認出来ず、成長も止まっているとのことで稽流流産確定となりました。

病院のお正月休みが明ける1月4日に手術をすることになり、助産師さんからその説明を受ける間、私はすごく冷静できちんと受け答えや質問をしていたのに、涙だけがポロポロと後から後から出て来て止まらなかったのを覚えています。


流産の経験をされた方はたくさんいらっしゃると思います。

周りの友達でも、わざわざ話さなかったけど、でも実は…という人が何人もいました。


二人目だから、初めての妊娠じゃないからツラくない、ということは全くないんだなと。

こんな当たり前のことを、経験してやっと心の底から思えた私は本当にひどかった。
人として未熟だったと今は思います。



ただ、最初に書いた通り、やっぱり子どもの存在に助けられたのも事実で。

流産宣告を受けてから手術までの約1週間、私は普通に生活し、仕事にも行くつもりだったんです。
でも、気を遣った上司が休むよう言ってくれて、年末年始を思いがけず子どもとゆっくり過ごせることになりました。

(予定では元旦も出勤でした)


子どもといると、目の前で次々とやらかしてくれるのであれこれ考える暇がなく、笑顔で過ごせたあっという間の1週間でした。
夫も年末年始休んでくれて色々サポートしてくれたけど、もし、子どもがいなかったら辛くて立ち直れなかったかも。


二人目はやっぱり欲しいけど、まずは1人授かれてその子が元気で育ってくれている今このときに感謝ですね。


えっと予告通り、誰の役にも立たない内容でまとまりのない最後ですが、手術のこと、その後のこと等、次に続きます~。

また、いつか。
時間のあるときに。

最後まで読んで下さった方、ありがとうございました。
前回の投稿、昨日10/4の朝にアップしたんですが、日付が一昨日の夜になってました。

なんでかな…💦


今日はD3です。


台風で小中学校は休校。

我が夫は教員なので、休んでくれるかと思いきや、出勤してしまいました。

学校は休みだけど、教員まで休みなわけではないらしい。
有給休暇で休む先生もいるみたいだけどね。


そして私の職場も昨日のうちに休みが決定したので、今日は家で台風の動きをきにしつつ、息子とのんびり過ごしています。


夕方でも雨風落ち着いたら買い物行きたいなぁ。


その前に、被害が何もありませんように。

私の両親は近くに住んでいるし、まだ元気なので安心なんですが、義両親は福岡市から車で1時間半ほど離れた山間に2人で住んでいます。

義父82歳
義母77歳

義母は腰が曲がっていて何度も圧迫骨折をしており。
義父は82歳にしては元気な方だと思うのですが、屋根から落ちたり脚立から落ちたりして骨折する人なので心配です。

くれぐれも、庭に出たり屋根に登ったりしないよう言わなきゃ。

電話してみよう。


とっても優しいこの義父母に、もう一度赤ちゃんの顔を見せて安心してもらいたいです。