明日は今日より、いい気分でいきたい♪

明日は今日より、いい気分でいきたい♪

Behind the clouds is the sun still shining.
波乱万丈の人生を生ききった、母の人生を振り返り、
自分の気持ちの整理にブログを始めました。

医療の進歩を願い、平凡な貝社員の生活の、
細やかな心の変化を、綴っていきたいと思います。

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母の命日が過ぎ、いつものお盆前の忙しさが終わり、

ゆっくり時間が流れる。クローバー

 

猛暑の日々が続いているが、

今朝は、浜風が涼しくお盆を過ぎて、

これから迎える季節を感じさせる。

なんとなく、寂しい気持ちになった。

 

母が青春時代を過ごした地で、

がんでこの世を去られらた方が立ち上げた、

サロンの場所で、思いを繋いだ

がん哲学カフェ「寛ぎ」を始めました。

 

誰かに背中を押されたかのように、

とんとん拍子に場所が決まり、

思いもよらない地でのスタートとなった。

人が集まれば語らいが生まれ、

一人一人の涙で始まった場所は、

いつの間にか、笑顔に変わる。

 

病院の外でも、語らいの場を作った人は、

少しでも、元気な心になって、

また、次の場所であなたらしくね、

とエールを送って別れたに違いない。

新聞でしか、私は知らなかった人だけど、

身近な人だった気がした。

 

少しづつ、ゆーっくりと私の思いは走り出した。

走り出したら、動く前とやはり景色は変わって見える。

 

一カ月前、鉢の中で枯れそうになっていた、

花を見つけた。

もう駄目だろうと、解釈したのは自分。

もしかして地に植えてみたら、元気になるかもしれない。

と希望を持ったのも自分。

地に植えてみたら、持ち直してきた。

「花が咲いた」黄色い花

 

 
 

上の画像は一か月前、下の花は昨日撮影。

どちらも同じ花。

 

 

全て私の解釈で、ストーリーが作られる。

花は、与えられた環境の中で、

咲くのも枯れてしまうのも、有るがままなのだ。

 

ある環境で在るがままに生きる。

心をかき乱されて、揺れ動いているのは自分。

周りがどう解釈しようと、自分は「凛」として、

生きていられたたら良い。

 

家族ががんになって、自分なりに知らなかった分野を

解釈しようと努力して、ストーリーを頭に描いた。

母は、あるがままの自然体で生きる事を望んだ。

どんな状況であっても、ありのままで命は輝く。

そう、教えてくれたのは母だった。

 

「脳TENKI」哲学 私らしく今を生きる」クローバー

どんな状況も楽観的に捕えて、

明るくいきましょう。

明るく生きましょう。

明るく行きましょう。

 

明日は今日より、いい気分でいきたい。クローバー

 

今年の夏は、野菜作りを始めて、

なぜか、野菜に咲く花に心ウキウキです。

 
 

 

夏野菜は、抗酸化作用のある成分(ポルフェノール)を多く含み、

ビタミンも豊富。

 

残業が続いている時こそ、野菜たっぷりの食事が、

体に良いと教えてくる。

茄子には強力な抗酸化作用であるナスニン、

キュウリはカリウム、夏の疲れた体に利尿作用に良い。

夏には夏の野菜が体に一番。ニコニコ

 

育てた野菜は、小さく育った実も心から嬉しく、

育ってくれた有り難さを感じる。

野菜を育てていたら、

母と最期に過ごした夏を思い出した。

 

過ぎ去った日々は、戻らないけど、

大切な事は、受け継がれていく。 

 

 

 
私の好きな夏空が、秋らしく変わる。
秋にまた、新潟の心温まる場所、
ホットドキドキステーション開店します。どうぞお越しください。照れ

 

 

気温が上がり、お休みの日はお庭で汗を流すようになりました。

草取りから始め、お庭に花を添えて色づいてくると、

お庭にいるのが楽しくなります。

 

春から病院のボランティアを始め、

平成最後の日は、病院のボランティアに行きました。

 

 

ボランティアの日は、父の月命日でもあり、

少し多めに買った花を病院に持っていきました。

各病室の入口に、お花が活けてあって、

花を活けるのがボランティアの仕事の一つです。

花は病院だけでは賄えなく、

ボランティアさんが気にかけて持参しています。

 

 

「花に癒されました」の言葉を、

ご家族からいただくそうです。

ご家族の気持ちを思うと切ないです。

この季節は、お庭ではタンポポや、

名前の知らない花が咲いています。

花は、「誰かのために」咲いているわけではないけれど、

咲いた事で、誰かを喜ばせてくれる。ニコニコ

大地にしっかり根差して、

雨にも負けず、風にも負けない強さが、

やがて花を咲かせ、人の心を幸せな気持ちにさせてくれる。

 

 

ちらってすがれたたんぽぽの

かわらのすきまにだァまって、

春のくるまでかくれてる、

つよいその根はめにみえぬ。

みえぬけれどもあるんだよ、

見えぬものでもあるんだよ。

    金子 みすゞ
   

      

 

人間の手を借りずに逞しく咲く花も、病院に飾りますが、

病院に持っていく用の球根や苗を植えました。

夏場、お花がない時のレスキューに、持っていけるとよいのですが。

「咲いてよ、咲いてよ」と願っておまじない。おねがい

 

 

 

 

暑くなってきたので、廊下でタロウも見学。

私のいるところを目で追っかけたり、

お外の鳥のさえずりに耳を傾けていました。

庭が賑やかになってくると、初夏を感じます。

夏の始まり。

 

 

 
 
新元号「令和」の発表で、
社会人になりたての頃、会社の社長が俳句を詠む人だったので、
社長の出版物を渡されたのがきっかけで、
万葉集の世界に、ほんの短い期間だけ、
興味を持ったことを思い出した。
万葉集のおよそ半数が、「詠み人知らず」。
庶民の作品集である。
その当時の庶民の生活が分かる。
究極に追いやられた苦しい生活の中で、
言葉として残るものを創るというのは、
相当な精神力の持ち主だと思う。
生きる強さは物質的に恵まれていると言う事から、
生れてこないのだと教えられる。
その時代の人の「聡明さ」が作品として光り胸を打つ。
 
 
夏の始まり。
新しい時代がスタートした。
新元号「令和」の由来となった
「令月」は「何事をするにも良い月」。
私のような凡人も美しい未来を読む、詠み人の一人として、
後世に残らないまでも、ありたいと思う。
 
 
 

 

 

連休前に、探し物をしていたら母のノートが目に入り、

開いて母の懐かしい文字を目で辿った。

 

手術の後、執刀した医師の顔を見て、

自分の命が限られている事を知り、

「いかなる困難にあっても、自分の死が穏やかに訪れ、

成仏の境涯が得られますように」と、

そんな言葉が残されていた。

 

術後、家族は残された命を医師からは、

告げられていたが、母には伝えなかった。

しかし、看護のお仕事をしていた母は、

手術場にも入り、医師と言う人間を見てきた母は、

術後の執刀した医師の顔を見て、

自分のある状況を悟っていた。

「私は先生の顔を見れば分るのよ」

とだけ私に言った。

 

私は、癌だろうと母には伝えていたけど、

肝心な医師からは、病名が伝えられず、

一年が経過してしまった。

いたずらに時間だけが過ぎた。

あまりにも、残酷すぎた。

そのお粗末さに、話せなかった。

 

先日、がんのサバイバーである友人が、

「本人より、家族が今ある状況に、ついていけないのよ。

本人は、腹をくくるだけだから」と話してくれた。

友人の言葉を思い出し、

まさに、その通りだなぁと思った。

 

一日一日を、怒ったり笑ったり、

自分の命が、悪魔にも仏のように穏やかにも変わる、

人間を演じていると、生きるとは迷いの中にあり、

何かに翻弄される世界にあり、

そこに自分というちっぽけな人間を、

仏の境涯に至るまで、必死で生き抜くと言う使命が

あるのだと思う。

 

自分にも今は分からない、残された時間がある。

腹をくくって生きなければいけないなぁ。

今を大切に生きる。

自分らしく時を刻む。

連休前に母に戒められた気持ちになった。

 

 

連休中は、母と過ごしたいつもの連休に、

久しぶり戻ってみようと庭仕事に励む事にした。

「ここに立ち寄ると、癒されるのよね」

お花の賑やかさと、ハーブの香りに癒されて、

しばらくここに居たいと言ってくれる人を、

何よりも嬉しそうに迎えていた母。

その顔を思い出し、動いている。

 

 

車で少し動けば、渋滞にはまり、

地元の野菜を置いているお店に買い出しに行けば、

お目当ての品は、売り切れ状態。

食料を買うのに、行列が並び、母はどうしてたんだろう、

とふと思ったら、そう言えば連休中は、

毎度、ご飯の支度が大変にならないように、

連休前に、大量にカレーを作ったり作り置きをしていたなぁ、

と思い出した。

 

 

 

お米と野菜の買い出しに出た。

お目当てのお米は、買えず。

鶯の鳴き声に癒された時間。

 
 
 

 

 

昭和の時代。

窓を開けると、山々が見えてその景色が、

当たり前にあるものだと思った。

平成になり、住宅事情が変わった。

家が建ち始め、山の景色をふさいだ。

車で出かける買い出しが、中心部から離れた。

 

今日は、懐かしいと思える場所へ車を走らせ、

立ち止まって見た。

こんな場所が私は落ちつく。

私は、昭和生まれなんだなぁ。ニコニコ

とつくづく感じた瞬間。


当たり前が有り難い、

と教えられた平成。

平穏に感謝して、祈りを捧げていたい。ニコニコ