わずか8日間での目まぐるしい出来事。




金曜日に入院したと父親に知らされてから、

12日の日曜日に戸塚の病院へお見舞いに行き

その時はまだ苦しそうながらも、会話ができる状態。




13日の月曜日、前日よりも明らかに苦しそうで

肺の機能が低下し、呼吸もままならないため

会話は全くできない状態。




それでも意識は前と変わらず、はっきりとしていて

呼びかけには頷くことができる状態でした。




ただ、日に日に急激に悪化していく肺の機能

そしてもう、呼吸をするのもギリギリの状態であるのを見て

おそらく、今日明日には・・・。と覚悟していました。




月曜日の夕刻、自分が病院のお見舞いから離れる時、

最後の会話になると覚悟し、会話をしにいきました。




会話を投げかけ、最後に握手をするため手を差し伸べると

呼吸すらほとんどできず、意識も朦朧としているであろう状態に

あるにも関わらず、目をパッと開いて、本当に力強く

何度も握手をしてくれました。



おそらく本人もこれが自分と会話をするのが最後であると

わかっていたんだと思います。




このシーンは一生忘れません。




それから、翌日

2月14日(火)のバレンタインデーの日。


午後一に病院へ行った時には意識不明の状態、

そしてその夜、家族全員に看取られて息を引き取りました。




生まれてからずっと可愛がってくれた

母方の祖父が亡くなりました。


満83歳でした。






2月10日(金)に少し背中が痛いと、念のため本人自ら動いて入院をし

そこから、急激に悪化し、入院してからわずか5日目の出来事でした。


原因は、『間質性肺炎』。

非常に珍しく、既に病状は、現在の医療では治せない状態でした。


そして、一昨日のお通夜、昨日の告別式と終え

葬式を全て終えました。




あまりにも急な展開で、自分の中でもまだ整理できていませんが

感じたことを、ここに書き留めておきます。


人がこの世を去った時に、残せるものは

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・人生をかけて築いた絆(家族や親戚、そして友)

・そして、自分の生きざま(どんな人で、何を考え、行動し、残したのか)

・この世に残した業績

・財産
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通夜・告別式に集って頂いた人達とお会いして、会話する中で

上記の用な事を非常に強く感じました。




昔から言われていることだと思いますが、人生を全うする上で

「自分の葬式の時に、来て頂いた人達に、何と言ってもらいたいか。」

を考えろと。


その言葉の意味がよく、わかりました。




祖父は「『今』は昔と比べて自由を謳歌できる時代。」

とよく言っていました。




昔の人が青春を犠牲にし残してくれた自由を無駄にせず

自分に素直に生き、もっともっと人生を謳歌していこうと思います。



今まで、本当にありがとうございました。

そして、行ってらっしゃい!