薄暗いコンクリートの階段を、ミックスゾーンへむけて早足で降りた。

 何かすごいものを見てしまった、誰もがそんな表情を浮かべている。あたりはどよめきに包まれていた。


 薄暗いコンクリートの階段を、ミックスゾーンへむけて早足で降りた。

 何かすごいものを見てしまった、誰もがそんな表情を浮かべている。あたりはどよめきに包まれていた。

 1-7。ブラジル対ドイツの準決勝は、誰も予想できない結果に終った。

 ブラジルにとってみれば、決勝でウルグアイに敗れた1950年大会の“マラカナッソ”に次ぐ歴史的悲劇だ。ブラジルメディアは、大敗を速報で大々的に報じていた。

 「大虐殺。ミネイラソ」(『フォーリャ・デ・サンパウロ』)

 「歴史的屈辱」(『オ・グローボ』)

 ミックスゾーンには人だかりができていた。

 今大会一番の混みようだ。誰もが目にしたかったのだ。ブラジル人選手たちがどんな表情を浮かべ、何を口にするのかを。

 後世に語り継がれるこの試合、悲劇の後のブラジル人の顔を目に焼き付け、その口から発せられる言葉をしっかりと聞いておきたかった。

なぜこんなことが。答えは簡単にはでてこない。

 最初に現れたのはフンメルスだ。ブラジルメディアの前をいかにも神妙な顔つきで通り抜け、ドイツメディアの前で止まった。ボアテンクにメルテザッカーが続く。

 クロースはすっきりとした表情で現れた。レアル・マドリーへの移籍もほぼ決定と言われている。この試合でもマンオブザマッチに選出された。すべてがうまく行っているときのサッカー選手に宿る、独特の充実感が漂っている。

 ブラジル人はなかなか現れない。待ち続ける記者は、なぜこんなことになったのか理解できないと、様々な論を交わしていた。

 プレースタイルを変えるべき。

 選手をかえるべき。

 いや、監督だ。

 もちろん答えは簡単にはでてこない。

 試合終了から1時間20分が経とうとしていた。

「この敗戦は、僕らの生涯にずっとついてまわるだろう」

 はじめにダニエウ・アウベスが現れた。見たことのない悲しげな面持ちだ。いつもの数倍低いトーンで話している。

 「責任は僕らにある。まったく反撃できなかったんだ……」

 その後ろを、背筋をぴんと伸ばしたノイアーが通り過ぎていく。表情は対照的だった。

 やがてブラジル代表一同が、ずらりと並んで一斉に現れた。

 緑のリュックを背負ったダンテの髪の毛がしょんぼりと小さく見える。ルイス・グスタボは“フォルサ・ネイマール”とかかれた白いキャップをかぶり、もうしわけなさそうに眉毛を下げた。

 マルセロ、フッキ、ベルナールにフレッジが続く。

 今大会のブラジル代表で、最も批判されたのはフレッジだった。

 この試合でも、スタジアム全体が試合中にブーイングを浴びせたくらいだ。うちひしがれた表情で、彼は少しだけ口を開いた。

 「人生で最悪の試合をしてしまった。この敗戦は、僕らの生涯にずっとついてまわるだろう」

 自国サポーターから浴びせられた強烈なブーイングは、彼の耳の奥から消えることはない。


「信じられないことって、本当に起こるものなんだな」

 人生最悪の試合だったというのは、フレッジだけではない。失点に繋がるミスをしたフェルナンジーニョは、呆然としたまま受け応えしていた。

 「人生でこんなことは経験したことがない……。うん、初めてだ。言葉すらない。いったい何が悪かったのか、それすら分からないんだ。試合前の雰囲気はいつもと同じだったんだけど……。信じられないことって、本当に起こるものなんだな」

 ミスをした自覚もあったのだろう。目はうつろで、通路をとぼとぼと歩いていく。ミスの場面が頭から離れないのかもしれない。

すべてを受け止める、世界で最も不幸なゴールキーパー。

 入り口にひとだかりができた。

 90分間で7度もネットを揺らされた、世界で最も不幸なゴールキーパーが口を開いていた。

 「失点のあと、なぜかチームはバランスを失って……。あの8分間。あれがすべてだ。7失点で負けるってのは、普通じゃない」

 屈辱を味わった。目には今も涙が浮かんでいる。しかし彼はブラジルの将来すら見ていた。

 「僕は9月に35歳になる。次のワールドカップは難しいだろう。しかしこのチームは若い。若手たちは初めてのワールドカップで、準決勝で7失点という経験をしたんだ。これを糧に、4年後にむけて進んでいってほしい」

 彼はミックスゾーンで最も長く話した選手だった。時には笑みさえも浮かべていた。あまりの衝撃に言葉を失っていた若手と、すべてを受け止めるベテランGKの姿が印象的だった。

「国民は2位や3位には興味がないだろうけど……」

 主将のチアゴ・シウバは長い通路の途中、一度だけ止まり質問に答えた。自らは出場停止でプレーすることができなかった。なんとも言えない悔しさがあったはずだ。

 「キャリアの中でこんなことは経験したことがない。説明できないんだ。なぜこうなったのか、できれば説明したいんだけれど……。自分が出ていたらこんなことにはならなかった? そんなことは分からない。もしかしたら8、9失点していたかもしれない。6分で4点。確かに自分がいたら、失点後にチームを落ち着かせることができたかもしれないが。

 今日は眠れないだろう。国民は2位や3位には興味がないだろうけど、少なくとも3位になれるように努力したい」

 世紀の大敗の直後、ネイマールを除く22人の選手たちに見たのは、なぜこんなことになったのか理解できないという、それぞれの混乱だった。

 「説明できない」という言葉を、何人の口から聞いたことだろう。彼らはこれからしばらくの間、この惨劇の理由を自問し続けるはずだ。

自国開催の2014年W杯は、失敗として語り継がれる。

 フレッジの言葉が蘇る。

 「この敗戦は、僕らの生涯にずっとついてまわるだろう」

 もしブラジルが3位になったとしても、その勝利は祝福されることはない。大会の行方がどうなろうが、自国開催の2014年ワールドカップは、失敗として語り継がれることになる。そしてこの試合でプレーした選手たちは戦犯として、誰もがこの傷と共に一生を過ごすことになる。

 1時間が経過した。広報が最後に現れたダビド・ルイスの背中を押す。彼らは合宿地へ戻る飛行機に乗らなければならない。

 がらんとしたミックスゾーンの片隅、ジュリオ・セザルは何か答えを見つけようとするかのように話し続けていた。


http://brazil2014.headlines.yahoo.co.jp/wc2014/hl?a=20140709-00821225-number-socc&p=1