なんとか2日目は、午後は旦那が来てくれて娘も来てくれて乗り切ったけど、
3日目に不安がピークに達した。


同室の人たちはいるけど、カーテンで常に仕切って、会話はまったくなし。
一日中その空間で寝てるしかない状況だと、
気が狂いそうになるんです。


娘はおばあちゃんに見てもらうことが決まり、
まさかの家族バラバラの生活が始まることになり、私の頭は最大のパニックに。
娘や旦那と離れる不安、
入院生活の不安、
切迫早産の不安、
色々な不安がおばあちゃんの家に向かう娘を見送った後、身体が震えるくらい不安感が強くなってしまった。
涙は出ないけど、不安で不安で体は震えるし、
思考回路がどうしよう怖いどうしよう、しかなくて。
ひたすら友だちにラインで助けを求めてました。


いつもと全然違う私に友だちもびっくりして、
ずっと話をメールで聞いてくれました。


こんな不安感の中で入院生活なんて送れない!という絶望感の中で、
あれ?私、お腹の子に気持ちをまったく向けてないってことに気づいた。
ここにいるのはこの子の為なのに、
娘のことしか考えられない自分に気づいた時、
ごめんねって思った。


あんなに欲しかった赤ちゃんなのに。
どうして私が点滴の副作用に苦しまなきゃいけないの?
どうして娘と離れなきゃいけないの?
もう早くてもいいから産まれてくればいいのに、まで考えた最低な母親だと気付きました。


やっと、赤ちゃんに気持ちを向けなきゃ!ってことに気づき、
沢山話しかけた。
こんなに愛おしい命が私の中で頑張ってくれてるんだから、私はお母さんだからもっと色々覚悟しないと。
この子の命を守るなら、
ウテメリン ごときに負けてられないんだ。
このカーテンで仕切られた空間にも負けてられないんだ、
この子に気持ちを向けてみよう
と、そう思えたことで
急に不安が消えてきた。


そのことを旦那さんにも正直にラインしたら、
娘もお腹の子もどっちも大事だし、
お腹の子と私に何かあったら困るよって言ってくれて、
気持ちがさらに楽になった。


旦那にも支えられてるし、
友だちにも支えられてる。
でも気がかりなのは娘のこと。
私もお腹の子も安心して過ごせて、
娘もママに毎日会える環境をなんとかして作ってあげられないか、
考える夜でした。



昨日の夜、茶色出血があり、
夜に病院に電話をして相談したけど、緊急性はないだろうとのことでそのまま寝ました。
でもなんとなく腰も痛くて、
生理痛の時みたいな腰の痛さが不安になった。


それで次の日午後から病院に行くと、
出血は治まってるけど、
子宮頸管21.3ミリ!!!!!
2日前に行った時よりも4ミリも短くなってる。


即入院になった。

娘大泣き。
私も、娘と旦那がいるときはなんとか気持ちを保ってたけど、静かなお部屋でカーテンを閉めて黙々とご飯を食べてると、ものすごい不安感が襲ってきた。

ウテメリン点滴の動悸と息切れがやっばりすごくて、助産師さんにすぐ「不安でたまらないんです。」と言ってしまった。
言ってもどうにもならないのに、不安すぎて無理で。

助産師さん、話を聞いてくれて
たぶん不安にならないように酸素も体にちゃんと行き渡ってるから大丈夫、
娘さんも旦那さんと一緒だから大丈夫、
お腹の赤ちゃんもここにいればすぐ対処できるから大丈夫と、ひとつひとつ大丈夫なことを教えてくれた。
 
もう夕飯から消灯まで、ひたすら友だちや旦那、家族にラインをし、なんとか不安感を消そうとするも、これからのことを考えただけでパニックで、怖かった。

とにかく娘に会いたい。
明日会える、と言い聞かして眠ります。
眠れるかなぁ…

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今日の夕飯。
ご飯は残しました。
胸がいっぱいで入らなかったけど、味はとってもおいしいです。

こんな生活に慣れていくのかな。
信じられないよ。