3月の入院以来、 
久しぶりにこの二日間は悲しく泣きました。

小林麻央さんのこと、
他人事とは思いませんでした。
その幼い子たちのことを思うと、心が痛い、、、


長男は今3歳。
そして
もしヨシハルが生きて生まれたら今は一歳半。
自分は育児に没頭して、胸のシコリに気づかず
オッパイのマッサージをしていたら、麻央さんと同じく気づいた時にガン細胞はもうどこに転移していたでしょう。



赤ちゃんは生きて生まれなくても、お母さんのお腹に来た意味があるって、本当だ。

この一年半、その意味がわかる日をずっと待っていました。


「ママ、自分の身体を大事にしてよ!
   お兄ちゃんを大事にしてよ!」
  とのメッセージ。

 ママにはちゃんと届いたよ〜

お兄ちゃんにママを残してあげるために、
自分はこの世に生まれないと選んだよね。


 ママはもう悲しまないよ〜
 
    


失ったものはありましたけど、
悲しいことはありましたけど、
自分は生かされました。

生かされたこの命で
一生懸命生きていきます。
笑顔の絶えない母になります!
















入院してる二週間、順調に回復してきて、
今日 退院です。

2度帝王切開を経験していますし、痛み止めも飲んでたので、それほど痛いという感じはありませんでした。
手術する前に、「酸素マスクは嫌!」と散々伝えたら、鼻に突っ込むタイプの酸素チューブに変更してもらえましたよニヤリ

6時間の手術を経て、2日目にもう起きて自力で
トイレに行きました。今までの手術は麻酔が効くまで泣いてましたが、今回は笑って手術室に入りました。

手術中の簡易検査の結果、ガン細胞は乳頭乳輪まで拡散してないので、残せました。


入院生活は私にとって、苦痛ではありません。
本を読んだり、映画を見たり、ごはんの献立を考える必要もないので、本当にゆっくり過ごした
毎日。
三食後、必ず病院の廊下を何周か回って散歩。
同じ部屋にいる70歳のおばあちゃんは後半から私と一緒に散歩するようになって、2人で歩きながら世間話をしたりで、結構楽しかったです。


胸に入ってるインプラントが上がらないように
バストバンドで左腕も含めて胸部を巻いてますが、昨日乳腺科の先生に、「手を動かさないと
動かなくなりますよ!」
びっくり形成の先生は一ヶ月左手を上げないてほしい
ようですが、手が動かなくなるのも怖いし、
インプラントが上がらないように手で胸を押さえながら左手をあげていいのか朝食後聞いてみます。


入院中、息子は家に来てくれた主人の友達と楽しく遊んでるそうですが、ある日一時預かり所に行くのを嫌がって、主人が病院に連れて来ました。
会っても、泣きついて来なかったし、帰る時もあっさりと「bye bye!」 だけ。男の子ってこんなもんかな?


昨日台湾から来てくれた母と姉,
すでに顔を見に病院に来てくれましたが、
退院してからまた楽しみですニコニコ







 


昨日入院しました。
予定通り、
今日の昼から左胸の全摘手術を受けます。

乳頭を残すか、最後に考えた結果、
残す方向ですが、
手術中の検査で乳頭にも悪い細胞が残ってそうなら、同時に切除することに決めました。

ここ三年で5度目の入院、
最初は個室の方がいいと思いましたが、
今は大部屋がいい。雑音にも慣れてさ!
個室だと静かすぎて怖いキョロキョロ

いつの間にか
自分が寂しがり屋になったのかショックなうさぎ

息子が一時預かり保育所で描いた絵。
まだ線と円しか描けませんが、
先生に教えてもらったのか、顔になってるね〜
ビョロン〜と出た一本の線、
私の髪の毛か?てへぺろうさぎ

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お母さん頑張るわ💪!




やっと家族へ自分が乳がんであることを伝えました〜
去年病院で乳がんだと言われてから、家族へはずっと言わないで来ました。主人は「言っても心配だけだし、遠いし、何もできないから」のが理由。手術受けて、治療方針決めてから言おうと去年はそういうふうに決めてました。
そのあと、子を再び授けるのを諦めなきゃいけなくなり、抗ガン剤を受けるのと再手術が必要になったりで色々の変化、主人のサポートを受けながら自分なりにこれらの変化を受け入れようとして来ました。
でもやっぱりどこか寂しかった〜

家族への告知について、主人とは意見が違いました。
うちの家族では「助け合えるからこそ家族」という考え方。主人の家族では、お互い迷惑をかけないようできるだけ自分でことを解決する主義。自分の病気のことも主人はそう思ってました。2度家族に言おうとしましたが、主人が嫌そうなのでやめました。
 
実は主人との付き合いは最初からうちの家族全員に反対されて来ました。中国人という理由で。どんな相手か関係なく、私の家族が私のために色々言ったことを主人がずっと気にしてました。病気のことを自分には責任があるから、私が言うより今度台湾に行く時に自分の口から家族に伝えると思ってました。
でも実際抗ガン剤と再手術の予定で、「国家試験合格したら、一緒に台湾に帰って報告しよう」とのことも実現できなくなり、自分は余計淋しく感じたな

吐け口があまりないから、抗ガン剤を受ける前に
つい義理の姉さんに伝えました
時々「身体大丈夫?今度の抗ガン剤いつ?」という短いメッセージでも自分は嬉しかった
そして義理姉さん1人で秘密にしてもらうのが申し訳なく感じて、年明けにお姉さんにも伝えました。
いつ家族全員に告白するかと思いつつも決められず、決定的になったのは義理姉さんの一言でした。
「悪いことをしたわけじゃないし、あなたに何かあれば、お父さんお母さんはあんたの夫を恨むよ!最後に知らされたってわかったら悲しむだろうし、。」

自分の心を解放したいのもあって、
もう一度主人に家族に告白することを言いました。
最初渋い顏でしたが、
「もう言ってスッキリしたいのよ❗️(c" ತ,_ತ)」
と言ったら、
「わかった。あんたが決めなさい。」

一番気になってたのはやはり母の反応。自分の病気のことを母に伝えると思ったら、
もう心が痛い、、、

でも、もう決めた。言います!!


旧正月明けに、
ついお母さんに自分が癌であることを伝えました‼︎
というか、息子を保育所に一時預かってると
言ってから、母が「なんかあった?」と疑ってました 

「なんて早く言わないの?!」という反応を想像してたら、母は意外と冷静に受け止めてくれて、「初期だし、治るよ!向こう側に住んでたおばさも10年以上前に乳癌だったけど、今も元気にしてるよ!」

その母の反応に救われた感じ(*´ー`*)

さすがお母さんだ〜

結局主人から謝りの言葉を。

「言ってスッキリした?言うのを止めて悪かった、、、」って。

 
  お兄さんには事前にお姉さんから伝えて、
これで家族全員が知ることに。

そしたらあれよこれよと質問の嵐。

お兄さんもお兄さんで、手術後のケアを主人に計画表を作ってみんなに安心させて!という依頼が来て。手術後わたしが静かに休養できるように息子を一時台湾に連れて帰るとか、台湾で治療するなど、皆んな色々考えてくれました。

台湾での治療はまず考えられないよ〜〜
分子標的薬は他の臓器への転移はないと保険は
効かないし、再建術も保険適用外。

結局、手術後お母さんとお姉さんが日本に来てくれることになりましたカナヘイうさぎ

助かるわ!
一年ぶりだし会いたい!(^.^)

やはりこんな今の自分に家族の支えがあれば、
心も少し強くなる気がします気合いピスケ


手術の予定はもう来週に迫って来てますが、
その前に急にデザート色々作りたくてつながるうさぎ

焼き芋や苺大福、ぜんざい、そしてとクッキー!
大学生の頃よく作ってたのを思い出してカナヘイキャンティ

主人は甘いものにあまり興味を示してくれなくて、砂糖をレシピより少なめに入れてるから、食べてくれても「あまり味がしない〜」と言うが、息子が喜んで食べてくれますウインク

益々体力が増す息子、
最近家の猫たちを追いかけ回って、
猫二匹が前後に下痢気味になって、
ちょっとストレス溜まってるかもうーん
息子はまだオモチャの片付けを興味程度だけ
やってるから、こっちは毎日床に落ちるものを
拾うだけで猫背になりそうショック

家の片付けが追い付かない毎日ですが、
手術後暫く抱っこしてあげられないから、
あと数日いっぱい甘えさせたいと思います。






新年早々3回目の抗ガン剤受けまして、
副作用は慣れたのか、軽かったのか、
気にせずに普通に過ごしていました。

息子はこの二週間一時預かりの保育所に送ってました。
もし治療中に体がしんどかったらと思って
治療中始める前に探した保育所。
一度申請すれば二週間子供を預けることができます。同じ理由では2度申請できませんが、今回は抗ガン剤治療中という理由で。

息子を送り出して1日目と2日目
去年録画した番組やドラマを見始めたら続きが気になり、結局一部の家事を放棄して夕方息子を迎えに行くまで見てました、、

その後
家事をやったり、 たくさんの食材を買って料理作ったりで、5日目に息子が鼻水出たから、
保育所に行かせずに家にいました。来月で3歳になる息子、家で散らかし放題プンプンしかも最近私がキッチンに立つと、気になるか、椅子を持ってきて横に立つ。動線が確保できない、そしたらイライラするわ、蕁麻疹がでるわ、、
 
好奇心のある息子だから、いいよ!
今自分が片付けたらまた息子が散らかすから、
見て見ぬ振りしていいよ!
構って欲しいだけだから、怒らないのよ!

と自分には言い聞かせますが、
いつも効くとは限らないつながるピスケ

風邪から復帰した息子を一時預かり所に送ったら、4回目の抗ガン剤を打ちに病院に行ったり、猫ちゃんの自宅シャンプー、猫が下痢気味なので、電車に乗って病院に行ったりと、なんか息子が家にいる時よりバタバタ動いてました

一時預かり所への送迎も、最初は主人がする予定でしたが、1日目から仕事に間に合わないか、想定外の残業で、結局私がすることに。
毎日2回ママチャリ漕いで坂を登るのは久しぶりに自転車に乗る私には重労働並みY(>_<、)Y
前に1人、後ろに1人乗せてママチャリに乗る日本のお母さん、本当に凄い


そして、胸の再建について、
3回目の抗ガン剤治療当日に形成外科の予約も入ってて、当日までずっと悩んで悩んで、
結局再建することに決めました。
毎日何かの詰め物をして出掛けるのが面倒そうなのが一番の理由。
一大決心してホッと一息と思ったら、隣の乳がん経験者のおばさんから「ちょっとパパッと手術、抗ガン剤、全摘まで決めて、早すぎるんじゃない?私が乳がんになった10年前と違って、今技術も進歩してるし、ほかの方法もあるんじゃないの?」と言われ、主人も「本当に全摘する必要あるかな?今度先生に聞いて見たら?」と言い出しました。

私だってできれば手術もう受けたくないし。
そう言われたら、また考えてしまう()

どこか痛い訳でも無いし、元気に動いてるし、自分が本当に癌なの?と疑ってしまう。

ちょっとだけの希望を持って、
今回の抗ガン剤治療前の診察に先生に聞いてみました。

手術日はもう決まってるけど、

「今さらだけど、先生はやっぱり全摘した方がいいと思いますか?」
「そうだね。転移とはまた違う話だけど、乳腺に広がりやすいタイプだからね。」

「、、手術したら、完治と言えるんでしょうか。」

  「まあ、そう言えるね。」

  「.....わかりました。」

私にはもうほかの選択肢ないか、、。

私は乳がんで死ぬことは無いと思います。

でも生きていくため、

この手術を受けるんだ!

と自分に言い聞かせて。