彼岸と此岸の、狭間にある…

三途の川の、ほとりに…

薬師如来と千手観音が、経営する…

喫茶店が、ある。

 

喫茶店な理由は、誰もが馴染みがあるからで…

それ以外の理由は、無い。

 

「無いよりは、あった方が良いだろう。」

 

その考えで、存在している。

 

この喫茶店には、特別な常連がおり…

名を「哲人てつじん」と言う。

 

引っ越し好きで、転々としていたが…

ある時、郊外の安アパートに引っ越し…

住み続けて、住み続けて…

いつの間にか、仏の喫茶店の存在に気がつき…

そして、常連となっている。

 

なぜか、困り果てた様子の人間が飛び込んでくる場所で…

初めは様子を見ていただけの、哲人が…

「それにつけても、奇妙なことが多いですね。」と…

「あなた方はまるで、神様か仏様のようですね。」と…

「従業員」に話しかけたら、神では無い方ですと…

返事を、されたので…

彼らが仏だと、知っている。

 

そして「あなたも、似たようなものですよ。」と、言われ…

「よく分からないですが、では参加して良いですか?」と、返事をし…

以降は、喫茶店に飛び込んでくる…

「困り果てた客」に…

哲人なりのアドバイスを、するようになり…

それが、定着している。

 

あくまでも、客なので…

多くの場合は、飲食をして…

代金を、普通に払っていく…

ただの、常連客だ。

 

ひたすら本を読んでいることも、多く…

仏に話しかけないことも、多い。

 

 

仏もまた、その様子を…

どこか嬉しげに、眺めていたりする。

 

 

「面白き こともなき世を 面白く」

 

 

その…

おそらくは、一番平穏な方法であろう…

「一人静かな趣味時間」の、風景を…

楽しんでいるかのようでもある。

 

 

その2:

 

 

「我ながら、仕事ができる方だと思うんです。」

「はあ。」

 

 

今日は、哲人の前に…

キャリアウーマン風の女性が、座っている。

実際、キャリアウーマンだということが…

たった今、分かったところだ。

 

哲人が毎回、不思議に思うことに…

「相談客」には、初対面の哲人を前に…

赤裸々な相談を、することを…

「全く、不思議に思っていない。」が、ある。

 

以前、仏に聞いたところでは…

相談したがっていたから、ここに引き寄せられたのだと…

だから、当たり前だと…

哲人的には、答えになっていないが…

「仏が言うなら、そうなんだろう。」

そう、納得している。

 

だが…

不思議は、不思議だ。

 

特に、今回のような…

誰にも弱みを、見せたくないと…

気を張っていそうな、キャリアウーマンなどが来ると…

「やはり、不思議だな。」と、思わずにいられない。

 

それでも、口が重かったのは…

やはり、個性が出るのだろう。

 

不思議には、思っていなくとも…

「問題とは、自分で解決するもの。」

そういう思い込みが、強いのだろう。

 

女性は一口、コーヒーを飲むと…

とても嫌そうに、言葉を続けた。

 

「人に教えるのも、得意だと思うんです。

 段取り良く、ミスしにくく教えるのが…

 私は、得意だと思うんです。」

「はあ。」

 

「…なので、イライラしてしまうんです。」

「何にですか?」

 

女性の眉間に、深いしわが出来た。

そして、ため息をつくように言った。

 

「後輩の、凡ミスにです。」

「あー…」

 

「仕事に慣れていないのは、分かっています。

 ですからノーミスで仕上げるべきとは、思っていません。

 でも…

 見直せば、すぐに分かるミスを…

 どうして見逃したまま、作業を続けてしまうのかと…

 そう思うと、怒りたくて仕方がなくなるんです。」

「まあ…

 先輩に怒られて、良くなる後輩は少ないですからね。」

 

哲人の言葉に、女性はキュッと口を結び…

絞り出すように、つぶやいた。

 

「だから、分かってはいるんです…

 でも指摘だけでは、全然直らなくて…

 3度めには、口調がキツくなってしまって…

 後輩が萎縮しているのも、分かるんです…」

「ですよね。」

 

「…仕事って、トータルだと思うんです。

 後輩がいる状態で、全体でパフォーマンスが高くなければ…

 それは、上の責任だと思うんです。」

「はあ。」

 

だから…と、女性は続けた。

 

「私は実は、仕事が出来ないのかもしれないと…

 このまま、職場に居続けて良いのかと…

 悩んでいるんです。」

「すごくマトモな、正しい悩みですね。」

 

「え?」

「『それならば、そうだろう』の、見本みたいな悩みです。

 『そこで悩まないなら、逆に問題だろう』な、悩みです。」

 

「そ、そうなんですか?」

「そうです。

 それで、ですね…

 あなたは、部下や後輩がいるのが…

 きっと、苦手なタイプなんですよ。」

 

「え?」

「俺から見ると、良くいるタイプなんです。

 いわゆる『職人気質』って、タイプなんです。」

 

「『職人気質』…ですか?

 あの…

 手仕事は、苦手なんです。

 オフィスワークや営業が、得意なだけで…」

「ああ、違うんです。

 あくまでも、タイプのことです。

 目的があって、努力する気もあって…

 成し遂げることに、喜びを感じるタイプって…

 一人でコツコツ頑張るのが、好きなんですよ。

 そういう意味で、職人気質なんです。」

 

「!!

 か、考えたことも、ありませんでした!」

「現代病ですからね。

 多くの人が、同じ悩みで…

 きっと、困っているでしょう。」

 

「そうなんですか…

 職人気質…」

「きっとね、距離感が難しいんです。

 後輩の範囲は、後輩の責任。

 キッチリ教えていて、何度も指摘しているなら…

 『もう、手は離した』で、良いと思いますよ?

 自分の仕事を、気持ちよく頑張って…

 もし、余裕があるなら…

 『無関係だけど、大丈夫?』と…

 軽く、確認したらどうですか?」

 

「!!」

「以前は、自分がやっていた仕事なんでしょう。

 だから、まだ…

 『範囲のリセット』が、出来ていないんですよ。」

 

「お、おっしゃる通りです…

 考えてみれば、まさにそんな感じです!」

「ですよね?

 お仕事なんて、ストレスが溜まるんです。

 こまめにリセット癖を、つけないと…

 ストレスの元が、増える一方なんです。

 ぜひ『後輩の方を見ない』を…

 試してみてください。」

 

「ええっ⁈

 で、でも…

 無視しているとか、嫌っているとか…

 それこそ後輩が、悩み出しませんか?」

「うん、うん。

 優しいですね。

 その問題は、キッチリ挨拶をしていれば…

 後輩の方は、気にしないと思いますよ?」

 

「あ…」

「最初と最後。

 『おはよう』と『また明日』。

 これだけで、安心すると思いますよ。」

 

「そ、そうですね…」

「さらに、残業しそうなら…

 『大丈夫?』と、一言…

 言ってあげれば、完璧です。」

 

「…それって、一緒に残業しろと?」

「違いますって!

 『困ってます』と、言ってきたら…

 段取りを、また…

 教えてあげれば、良いだけです。

 『じゃあ、頑張って!』と…

 帰っちゃえば、良いんです。」

 

「そ、それ…

 ありなんですか…」

「むしろ、なぜ無いんですか?

 尻拭いをさせたわけじゃ、無いんでしょ?」

 

「あ、はい。」

「じゃあ、大丈夫ですって!」

 

 

ほう…

と、息を吐いた女性は…

もう、眉間にしわはなく…

むしろ、柔和な顔つきになって…

薄く、微笑んでいる。

 

そして、二人分のコーヒー代のレシートを持って立ち上がると…

哲人に、深々とお辞儀をして…

「助かりました、ありがとうございました。」

そう言うと…

当たり前のように勘定をして、喫茶店を出て行った。

 

これが、もう一つの不思議で…

哲人が先に来ているので、一人分のコーヒー代のレシートだったはずなのに…

相談客が帰る頃には、二人分のレシートに代わっていて…

「友人と来て、一緒に帰る。」かのように…

去って行くことだ。

 

 

一期一会…かな。

 

 

哲人は、ボンヤリとそう考え…

仏に、ご馳走様と言って…

「無料コーヒー」の日を、終えるのだった。

 

 

 

その3:

 

 

「こんな世界に、いるはずじゃないんだ!」

「はあ。」

 

 

今日の、哲人の目の前にいるのは…

ごく普通の、中年のサラリーマンだ。

 

だが、まるでヤクザ映画を見てきたばかりの…

いきがりたい盛りの、若者のようだ。

 

哲人は、そう思ったが…

だが敢えてズラして、こう質問した。

 

「こんな世界に、いるはずじゃないって…

 この喫茶店に、いることですか?」

「ああっ⁈

 そんなんじゃねえよ!

 喫茶店にいるのなんて、普通だろうが!!」

 

やはり「相談者」は…

日常の延長線上で、この「仏が経営する喫茶店」に、来ているようだ。

では、同じように…

「個々人の悩み事」に、応じて…

別の形の「場」が…

用意されているのかもしれない。

だがそれは、あくまでも…

「健全な日常への復帰」のために、違いない。

 

哲人の、これまでの人生で…

「日常と違う別の場所」とは、この喫茶店しか経験がなく…

さらに「喫茶店で、他人の相談に乗る」が、異常なだけで…

哲人が勝手に仏と定めている、従業員たちは…

「私たちは、神ではないです」としか、答えていない。

 

俺もまた、少し…

世界に、誤解があるのかもな。

 

そう哲人が、逡巡していると…

目の前のサラリーマンは、哲人の沈黙を曲解したらしく…

声を荒げた。

 

「お前、俺をバカにしているだろ⁈

 俺を低学歴だと、バカにしているだろ!

 いいか、よく聞け。

 学歴なんてのは、知能のほんの一部の証明だ!

 俺は、天才なんだ。

 天才クラブの、メンバーなんだ!」

「バカにはしていません。

 誤解させたなら、申し訳ありません。

 恥ずかしながら、この喫茶店に…

 近所に住みながら、長年気がつかなかったので…

 あなたもそうかと、思ったんです。」

 

「え⁈

 あ…

 そ、そうなのか。

 す、すまん…

 そういえば、そうだな…

 この喫茶店は、来たことがなかった。

 わ、分かりにくい場所に、あるものな!

 そういうことなら、悪かった!」

「いえ、いえ。

 私こそ、早とちりをしました。

 なるほど「天才クラブ」ですか。

 それは、すごいクラブに所属しているんですね。」

 

「そ、そうなんだ!

 …あ、いや…

 そのはずなんだけど…

 そこで、働いてもいるはずなんだけど…

 気がつくと、サラリーマンで…

 上司や顧客に、怒られてて…

 それがまた、酷くバカにしたようで…

 腹が立って、仕方がないんだ…」

「ああ、なるほど…」

 

「…なあ。

 俺は、おかしいのかな…」

「少なくとも、お話しをしている感じでは…

 普通の方だと、私は思います。」

 

「そ、そうか…」

「多分ですけど…

 少なくとも、サラリーマンであるときに…

 天才クラブの時の、言動をするので…

 そのギャップが、周囲には奇妙なので…

 それで、バカにされたような気持ちになるのでは?」

 

「!!」

「なんであれ、周囲はサラリーマンな人と話しているので…

 天才クラブのメンバーとは、話していないので…

 それこそ『自分をバカにしているのかな?』と…

 先に、ムッとしたのかもしれません。」

 

「か、考えてもいなかった…

 た、確かに…

 『仕事で話している人間が、偉そう』だったら…

 そ、そりゃあ…

 腹が、立つよな!」

「そうです、そうです。

 分かっていただけたなら、良かったです。

 それで、ですね…

 あなたは今、サラリーマンです。

 ここにいて、大丈夫ですか?

 私と話しをしていて、大丈夫ですか?」

 

哲人が、そう水を向けると…

サラリーマンは、ハッとして…

顔を赤くしたり、青くしたりしながら…

「初対面の方に失礼をして、申し訳ありませんでした」と、謝罪して…

「コーヒー代は、支払わせてください」と、申し出て…

慌てて会計をして、出て行った。

 

本来は、大通り沿いにあり…

見落とすはずがない、大きな喫茶店を出て…

その先の道は、どこに繋がっているのだろうと…

サラリーマンの行く先に、思いを馳せながら…

仏に「ご馳走様でした」と、言って…

ついでに、公園でも散歩しようと…

哲人は、仏の喫茶店を後にした。

 

 

 

その4:

 

 

「神様を、お守りしているんです。」

「はあ。」

 

 

今日の哲人の前に、座っているのは…

まだ学生に見える、若い女性だ。

 

神学校にでも、通っているというのだろうか?

仏教系なら、仏様だろうし…

それにしても「守る」とは?

「守っていただいている」なら、分かるんだが…

 

そう哲人が、首を捻っていると…

「哲人が理解していない」と察した女性が、説明を始めた。

 

 

「神様は、お一人なんです。」

「ああ…

 そういう考え方の宗教は、多いですね。」

 

「多いではなく、お一人なんです。」

「そうなんですか。」

 

「なのに、色んな宗教施設で…

 バラバラな対応をされて、困っているんです。」

「神様が、ですか?」

 

「神様が、です。」

「それは、面白いですね。」

 

哲人がうっかり、口を滑らせると…

女性はキッと、哲人を睨んで…

「こういう人がいるから…」と呟いてから、言った。

 

「面白いわけが、ありません!

 神様は、困っていらっしゃるんです!

 そして、毎日私に…

 『どうにかして欲しい』と、お願いにいらっしゃるんです!」

「毎日、神様が…

 あなたを訪ねに、来ているんですか?」

 

「そうです!

 お姿は、見えませんが…

 お声は、ハッキリと聞こえます!」

「具体的に、神様はなんと仰られているんですか?」

 

「え?

 えと…

 あの…

 とても、断片的なんですが…

 『あれは、困った』とか…

 『やめて欲しいんだが』とか…

 そういう、困ってお願いされている感じです。」

「それはとても、人間らしい…

 具体的な、困りかたですね。」

 

「そうです!

 そう思いますよね?

 なので、私は…

 宗教施設で、神様が困ってらっしゃると…

 お伝えしているのに、邪険にされるんです!」

「それは、どなたにですか?」

 

「え?」

「宗教施設には、色んな人が行きます。

 私だって、行きます。

 感じの良い場所が、多いので…

 私でも、行きます。

 そこで、あなたに会ったら…

 あなたに、今の話しをされたら…

 『何を、どうしろと言うのですか?』と…

 お聞きするしか、無いです。

 どなたに、お話しされているのですか?」

 

「え、えと…

 大体は、木々の手入れをしている方です。」

「植木屋さんですか?

 植木屋さんの仕事は、敷地内の木の剪定で…

 他は、仕事の範疇ではないですが。」

 

「え?

 だ、だって…

 『庭師』さんですよね⁈」

「庭師、ですか…

 随分と、古風な言い方です。

 敷地内の植物全般の管理をする業者は、いるでしょうが…

 多くは、危険な枝を切り落としたり…

 伸びすぎた枝を、整えたりの…

 もっぱら、木の管理をする人です。

 宗教施設自体には、関係ないですよ。」

 

「そ、そうなんですか⁈」

「そうです。

 また、宗教施設内でも…

 建物の修理は、外の業者がしていますし…

 専門の清掃業者も、入っているかもです。

 ここは、関係者では無いので…

 私には、分かりませんけれど。

 大きな建物なら、直接関係者だけでは…

 とても管理できる規模では、無いですから。」

 

「そ、そんな…

 では私は、どうすれば…」

「一つ、私の考えを…

 話しても、良いですか?」

 

「あ、はい…

 どうぞ。」

「私は、神仏のシステムは分かりません。

 なので『一つの存在である』か否かも、分かりません。

 ですが、あなたの仰る通りだとすると…

 『あまねく存在するお方』だと、思うんです。」

 

「あ、はい!

 それは、そうだと思っています。」

「そうですか。

 では…

 常に、あまねく存在するお方が…

 『宗教施設のことで、困っている』は…

 少し、おかしくはないでしょうか。」

 

「え…?」

「私の知っている範囲では、宗教施設とは…

 人間のために、存在しています。」

 

「え、え?」

「人間は、すぐに困りだすので…

 困りながら、日常を過ごすので…

 自力で解決できない、困りごとを…

 『誰かに、助けて欲しい』と、願い…

 そのお願い先として、宗教施設を建設し…

 半分は、自助努力で…

 もう半分は、努力ではどうしようもないことを…

 『神様、お助けください』と…

 お願いするために、あると…

 私は、認識しているんです。」

 

「え…

 !!

 ま、まさか⁈

 私…

 神様ではなく…

 困っている人間の、愚痴を…

 聞いているって、ことですか⁈」

「そこは、分かりませんが…

 でも、面白いですね。」

 

「な、何が面白いんですか!」

「あ、すみません。

 私の、口癖なので。

 あなたは、全く同じ事象を…

 相手が神様なら、助けなければと思い…

 相手が人間なら、愚痴られたと…

 そう、変換するのですね。

 そこを、面白いと感じたので…

 つい、言ってしまいました。」

 

「だ、だって!

 当たり前じゃ、ないですか!

 人間なんて、無数にいるんですよ⁈

 そんな、無数にいる…

 どこにでもいる存在に、愚痴られたら…

 堪ったものじゃ、無いです!」

「本当に、そうですね。

 神様も、そうかもしれないですね。」

 

「え?」

「結果的に、あなたは…

 神様の愚痴を、聞いたのかもしれませんね。

 『てんで勝手に、愚痴られたって…

  何を、どうしろと言うんだ?』ってね。」

 

「ほ、本当ですね。」

「ですよね。

 人間の困りごとの多くは、人間同士の問題なので…

 いわば、正反対の願望が存在するので…

 『あちらを立てれば、こちらが立たず』な…

 矛盾する願いが、されまくって…

 とてもでは、ないですが…

 願いを聞くことなんか、出来ないでしょうね。」

 

「わあ…

 本当ですね…

 でも、それでは…

 神様はずっと、お困りになり続けるのでしょうか…」

「これまた、私の考えですが…

 というか、古くから言われていることなんですが…

 『足るを知る』を、人間全てが理解したとき…

 人間同士の問題は、消えると思っています。」

 

「『足るを知る』…ですか?」

「はい、そうです。

 例えば、日本国内なら…

 全ての人が、生活保護世帯と同じレベルの生活に…

 切り替えるだけで、貧富の差は消失します。」

 

「せ、生活保護レベルですか⁈

 そんな、無茶な!」

「なぜ、無茶なんですか?」

 

「だ、だって…

 満足出来る生活は、無理になるじゃないですか…」

「誰もが憧れる生活は、無理ですが…

 文化的な生活は、保証されているんですよ?

 衣食住に、困らない上に…

 学びや遊びの機会も、保証されているんですよ?」

 

「う…」

「こう言っては、なんですが…

 私は、ほぼ生活保護レベルの生活をしています。」

 

「え?

 だ、だって…

 喫茶に、来てますよ⁈」

「生活保護を受けている人を、どんな目で見ているんですか…

 質素倹約に暮らす人よりは、はるかに豊かな生活ですよ?

 修行のために、暮らしているのではなく…

 人間らしい暮らしを、保証するものなので…

 喫茶店くらい、来ますよ!」

 

「それって、恵まれすぎでは?」

「…

 あのー…

 神様は、信じてらっしゃるんですよね?」

 

「あ、はい。」

「金銭に、困窮した人が…

 普通の暮らしになるのは、良いことでは?」

 

「あ、はい。」

「それは、誰かとは…

 矛盾しない願いでは?」

 

「そ、そうですけど…」

「『働かざる者食うべからず』…ですか?」

 

「そんな感じです。」

「失礼ですが、あなたは…

 現在、お仕事をなさってるんですか?」

 

「え?

 いえ…

 今は、学生なので…

 アルバイトも、していませんが。」

「では、失礼ですが…

 生活保護を受けている人と、同じでは?」

 

「!!」

「あなたは、現在…

 『家族に養われている』状態です。

 生活保護世帯は、国に養われている状態です。

 では、同じでは?」

 

「か、考えてもいませんでした!」

「そうですか。

 では、これからは…

 そう、考えたらどうですか?

 働くように、なっても…

 生活保護レベルの収入があれば、どうにかなると…

 そう考えては、いかがですか。」

 

「ええっ⁈

 だ、大学まで行っているのに…

 そんな低収入で、我慢するんですか⁈」

「…

 神様を、信じているのでは?」

 

「あ、はい。」

「では、どうにかなるのでは?」

 

「う…」

「少し、意地悪を言いすぎましたね。

 人間には、個性があるので…

 『我慢出来ないレベル』は、あります。

 『慣れていないので、怖い』とかね。

 だから、現在…

 世界は、良い感じには整っていないんです。

 こればかりは、神様でも…

 どうしようも、ないでしょう。」

 

「…」

「ダイエットって、したことがありますか?」

 

「え?

 い、いえ…」

「そうですか。

 スリムな方なので…

 食べ過ぎは、しないんですかね。」

 

「あ、はい!

 もう少し、食べたくても…

 スタイルは、守りたいので。

 甘いものも、我慢しています!」

「ふふ…

 では、そのうち…

 違うことも、整うかもです。」

 

「え?」

「失礼ですが、私から見ると…

 あなたは、全体的には…

 バランスが良くないように、見えるんです。

 ですが、良くなろうと思い…

 その努力も、している人なので…

 後は、地続きで…

 自分なりに、気づきを増やしていくことで…

 バランスが、整っていくでしょう。

 神様の、力ではなく…

 あなた自身の、力でね。」

 

「あ…」

「これは、推測なんですが…

 日常で、何か…

 上手く行ってなくて、困ってたのではないですか?

 そして、どうして良いか分からなくて…

 気がついたら『神様を守る』ことを、始めたのではないですか?」

 

「!!」

「どうやら、当たりですね。

 今も…

 同じ問題を、抱えているんですか?」

 

「い、いえ!

 そう言えば…

 去年、私の問題は解決しています。

 …

 …

 やだ…

 私、もしかしたら…

 やり場のない気持ちを、神様のせいにしていたのかも…」

「あなたは、聡明な人ですね!

 真っ直ぐに、問題に取り組むので…

 気がつけば、健やかになりやすいんですね。」

 

「は、恥ずかしい…」

「とんでもないです。

 立派です。

 人間は、成長すると…

 綺麗事に、逃げがちです。

 自らの見落としや、誤解を…

 認めることを、嫌がります。

 その点、あなたは…

 素直で、真っ直ぐです。

 それは、美徳だと…

 私は、思います。」

 

「あ、ありがとうございます…

 でも…

 やっぱり、恥ずかしい…」

「気持ちは、分かります。

 私も、そうなりますし。」

 

「あ、あなたもですか?

 …

 …

 あ、あれ?

 え、えと…

 あなたって…

 だ、誰です…?」

「ふふ…

 面白いですね。

 私が、席に座っていたら…

 あなたが、向かいの席に座ったんですよ?

 待ち合わせでも、していたように。」

 

「ご、ご、ご…

 ごめんなさい!

 わ、私ったら…

 は、恥ずかしい!!」

 

 

 

そう言うと、女性はガバッと立ち上がり…

ペコペコと、頭を下げると…

レシートを、引っ掴むようにして…

二杯分のコーヒーを支払い、飛び出して行った。

 

相当、恥ずかしかったんだろう。

可愛らしいな…

 

そう思い、微笑んだまま哲人は…

哲人が仏と思っている「従業員」に、ごちそうさまと言い…

近くの神社でも、お参りして帰ろうと…

「仏の喫茶店」を、後にした。

 

 

 

その5:

 

 

「俺は、国外逃亡中なんだ。」

「はあ。」

 

 

今日の哲人の、目の前にいるのは…

どこからどう見ても、日本人に見える男だ。

 

だが、東アジア人なら見分けも難しい。

日本語が流暢な、東アジア人かもしれない。

 

なので、哲人は…

「どこの国の方ですか?」と、聞いた。

 

すると男は、ムッとして言った。

 

「日本人だ、当たり前だろ。」

「私の、認識では…

 ここも、日本なはずなんですが。」

 

「分かってるよ!

 でも、国外逃亡中なんだ。

 そうとしか、言えないんだ。」

「分かりませんが、分かりました。

 それで、なんですか?」

 

「だから…

 これからどうしたら良いか、分からないんだ!」

「もし『認知的に、国外逃亡中な気分』ということなら…

 認知を変更して『無事に帰国後』としたら、いかがですか?」

 

「そんなに簡単じゃ、無い!

 帰国しているなら、俺はお終いなんだ…」

「何か、犯罪を起こしたんですか?」

 

「ちが…!

 いや、そうだな…

 言ってみれば、そんな感じだ。」

「では、犯罪を犯したとして助言しますと…

 『国内で潜伏中だった』と、同じなので…

 その犯罪の時効まで、年数が経っているのなら…

 もう、ただの一般人ですよ?」

 

「え…?」

「というか、ですね…

 どこかに、潜伏していたんですか?

 普通に暮らしていたのでは、無いんですか?」

 

「あ、ああ…

 正確には、良くない仕事を辞めて…

 ずっと、引きこもっていた。」

「警察とかは、来たんですか?」

 

「そういうんじゃ、無いし…

 実際、来てもいない。」

「では、本当に…

 普通に、一般人ですよ?」

 

「でも、俺の被害者が…

 『俺を加害者と思う』な、被害者がいるんだ。」

「なるほど…

 弁護士でも、来ましたか?」

 

「い、いや…

 そういうことは、無かった。」

「じゃあ、まず大丈夫では?

 『同じ轍を踏まない』と、気をつければ…

 問題は、起きないのでは?」

 

「そ、そうだろうか…」

「もちろん、100%大丈夫とは…

 私には、言えませんが…

 私もそれなりに『しくじり人生』なので…

 でも、永遠には反省していられないので…

 自分で自分を、許した時に…

 『それは、ダメだろ?』と思うことは、避けて…

 普通に、暮らしています。

 なので、私の経験から…

 『同じようにしては?』と…

 言うことしか、できません。」

 

「…」

「日本にいて、引きこもりで…

 うつ病を、発症したのでは?

 失礼ですが、国内にいて…

 『国外逃亡中』という、認識は…

 相当に、心を病んでいますよ。」

 

「!」

「人間の認知は、柔らかいです。

 たった一人で、あれこれ考えれば…

 制限の無い、認知の迷宮にだって陥ります。

 引きこもってから、外出は…

 今日が、初めてですか?」

 

 

 

哲人が、そう聞くと…

男は、弾かれたように立ち上がって言った。

 

 

 

「お、俺…

 どうやって、ここに⁈」

「私が、知るわけがないです。

 ですが、ああ…

 ベランダ用のサンダルみたいのを、履いていますね?

 着ているものも、失礼ですが…

 『室内着』そのものに見えます。

 自分では、出かける気が無かったのかもしれませんね。」

 

「!!

 や、やべ…!

 俺、現金…

 あ…

 いつもネットショッピングに使っている、カードだ…

 ポケットに、入っているなんて…

 よ、良かった…じゃない!

 て、店員さん!

 ここって、カードは使えますか⁈」

 

 

 

慌てる男に、仏な従業員は…

微笑みながら「使えます」と、答え…

カードで支払いを、済ませながら…

男の住まいであろう地域は、どちらの方向かと…

聞く男は、まさに普通の一般人に見えた。

 

なんとなく心配になった哲人が、続いて喫茶店を出ると…

確かな足取りで、帰って行った。

 

どうやら、喫茶店のある場所は…

男が知っている、場所だったようだ。

 

昔から。

ずっと。

 

 

 

その6:

 

 

「私は死んで、天国にいるはずなんです。」

「はあ。」

 

 

目の前の女性は、初老ではあるが…

肌の色艶も良く、生き生きとしている。

だが、敢えて生気を抑えているような…

表情を抑えているような、不自然さがある。

 

「思い込みが強いタイプかもしれないな…」

そう哲人が、考えていると…

女性は、疑われていると思ったのか…

ムッとしたように、続けた。

 

「酷い高熱が、出たんです!

 身体中が、バラバラになるような…

 酷い痛みも、あったんです!

 息が苦しくて、溺れているような…

 死にそうな思いを、ずっとしてたんです!」

「それで、良くなったんですよね?」

 

「ええ、まあ…」と…

女性は少し、困った表情になり…

でも、と続けた。

 

「治ったは、治ったんですけど…

 全然、世界が違うんです!

 だからここは、天国に違いなくて…

 それで、死んだ母に会いたいんです!」

「まず、ですね…

 私にとっては、地続きの現実世界で…

 これといって、故人とは会ったことがないのですが…

 何を根拠に、この世界を天国と思い…

 亡くなったお母様がいると、思うのですか?」

 

「せ、説明なんか、出来ないです!

 あなただから、話しているのに…

 実家はもう、無いんです。

 お墓だって、処分後なんです。

 母は、母は…

 一体、どこにいるのでしょう…」

「それこそ、天国にいらっしゃるのでは?

 家や墓に、い続けるなら…

 世間では『迷っている幽霊』と、言われていますし。」

 

「それは、生前の世界で!」

「いや、ですから…

 確かに私も、不思議の経験者ですが…

 先ほども、言った通り…

 生者には、変わらず会えますし…

 死者には、変わらず会えていません。

 なんであれ、違うのでは?」

 

「そ、そんな…」

「ご家族が、もういらっしゃらないんですか?」

 

「え?

 いえ…

 夫が、いますけど…」

「なんだ、そうなんですか!

 ですが、それでは…

 ご主人と一緒に、死んだつもりなんですか?」

 

「う…!

 ちょ、ちょっと…

 そこは、分からないです…」

「おかしなことを、仰いますね。

 あなたは、恐らくは病気で苦しんで…

 そして治ったけれど、感覚が違くて…

 それで、ご主人はいらっしゃる。

 では…

 既存の日常を続けるのが、普通では?

 なぜ亡くなったお母様を、探すんです?」

 

「…

 夫とは、上手くいってないんです…」

「それでは、ますます…

 あなたは、すぐにでも家に帰って…

 あなたの感覚異常を、説明して…

 『一緒にい続ける、努力がしたい』と…

 申し出るべきでは?」

 

「い、嫌です…」

「嫌って…

 あの、ですね。

 『夫婦げんかは、犬も喰わない』んです。

 亡くなったお母様を、見つけたら…

 味方でも、してもらうつもりだったんですか?」

 

「!!」

「そういうことですか…

 ダメですよ、そんなことで…

 静かに眠る故人を、利用しては。」

 

「う…」

「人間を利用することは、いけないことです。

 それは、生きていても死んでいても同じです。

 モラルを失えば、道に迷います。

 あなたは、絶賛…

 迷子中に、見えますよ?」

 

「そ、そんなこと無いです!」

「本当ですか?

 あなたは…

 私を、ご存知なんですか?

 なぜ、私の座っていた席の向かいに…

 当然のように、座ったんですか?」

 

「え?

 …ええっ⁈

 わ、わわっ!!」

「充分に、あなたはおかしい状態です。

 ぜひご主人に、今日のことを話して…

 相談に、乗ってもらうといいです。」

 

「ビ、ビックリした…

 ご、ごめんなさい!

 おかしい感じとは、自分でも思っていたんですが…

 まさか、ここまでとは思わなくて…

 本当に、ごめんなさい!」

「分かってくだされば、良いんです。

 帰り道は、分かりますか?

 気をつけて帰ってください。」

 

 

哲人の、声かけに…

「この辺は、庭みたいなものです」と、女性は言い…

恥ずかしげに、二人分の会計を済ませると…

「また来ます」と、仏な従業員に言って…

あたふたと、帰って行った。

 

「そういうパターンも、あるのか」と…

新たな展開を、面白がりながら…

哲人もまた、喫茶店を後にした。

 

 

 

その7:

 

 

「よく私の呼びかけに、応じてくれました。」

「はあ。」

 

 

さて…

このパターンは、初めてだな。

そう哲人が、面白がっていると…

男は、哲人が興味を示したと思ったらしく…

身を乗り出して、話し始めた。

 

 

「同志は、募り続けていますが…

 迂闊には、誘わないで下さい。

 パニックになるような、人だと…

 むざむざと敵に、やられてしまいますからね。」

「すみませんが、敵とは?」

 

「あ、口が滑りました。

 敵とは、決まっていないですね。

 『電波を受信した』だけですから…

 『宇宙人と交信した』だけですから。」

「あー…」

 

色眼鏡とは、承知しているが…

哲人は、宇宙人と幽霊は「いて欲しい人の願望」と判別している。

なので、どう対処したものかと…

珍しく、困った。

 

「どう、対処しましょうかね?」

「さあ…

 ちょっと、思い浮かびません。」

 

「困っているのは、間違いないんです。

 恐らくは、難民として地球に来たいか…

 それが叶わない時は、侵略することも視野に入っているかと。」

「それはまた、どうしてそう思うんですか?」

 

「え?」

「あなたが受信したのは『困っているようだ』な、感じだけですよね。」

 

「え?

 あ、そうです。」

「じゃあ…

 何も、分からないですよ?」

 

「え?」

「『宇宙人がいる』まで、譲歩するとして…

 宇宙人間の交信が、流れてきただけかもしれません。」

 

「う…

 で、でも…

 ずっと交信は、続いているんですよ?」

「発煙筒の仕組みは、ご存知ですか?」

 

「え?」

「発煙筒は、緊急時に…

 遠方まで、危機を知らせるために用いるんですが…

 一回、作動してしまうと…

 長く、危機を知らせ続けてしまうんです。」

 

「た、確かに…

 早く発煙が切れては、発見されないかもしれないですからね。」

「宇宙人同士では『既に助けた場所』と、分かっていて…

 そのまま発煙筒は、放置したかもしれません。」

 

「そ、そんな…

 迷惑です!!」

「そうですね、迷惑です。

 それで、それが本当かは分かりません。」

 

「あ。」

「さらに、言うと…

 宇宙人からの交信とは、限りません。」

 

「ええっ⁈」

「『電波障害』は、被害も大きいです。

 『電子レンジからは、離れている』

 そう、用心する人もいるくらいです。

 なんであれ、原因は複数考えられて…

 必ずしも宇宙人の交信とは、言い切れないんです。」

 

「…」

「どうしましたか?」

 

「なんか…

 しっくり、来ないです…」

「それはそうでしょう。

 なにせ、分からないんですから。」

 

「僕は…

 どうしたら、良いんですかね…」

「こればかりは、私も分かりませんが…

 耳鳴りには、いろんな種類があるそうです。

 医者に行くのも、一つの手段ですよ?」

 

「い、医者ですか⁈」

「原因探しに夢中になると、センサー異常も起こしやすいです。

 過敏になったため、そう感じるな…

 心身のバランス異常の可能性は、あります。」

 

「そ、そうなのか…

 確かに、ちょっと…

 イライラすることが、続いたから…

 神経が、ささくれ立っていたかも。」

「『自覚あり』なんですね。

 では…

 どうせ、原因は分からないので…

 『可能性があって、治りやすいこと』から…

 試すと、良いと思います。」

 

哲人が、そう言うと…

男は、パッと明るい表情になり…

「ありがとうございました。

 お誘いして良かった。」

そう、礼を言うと…

足取りも軽く、二杯分のコーヒー代を支払い…

鼻歌を歌いながら、帰って行った。

 

「明るい性格とは、自分を救うものだな…」と…

哲人は、しみじみしながら…

「どこで、どう勧誘した気なんだろう?」と…

首を、傾げながら…

「分からない」を、楽しみながら…

仏な喫茶店を、後にした。

 

 

 

その8:

 

 

「お守りが、効かないんです。」

「はあ。」

 

 

哲人の前に座る、女性は…

いきなり、紙袋を広げたかと思うと…

様々な神社仏閣のお守りを、テーブルに広げ…

深く、ため息を吐いた。

 

哲人が見ると、お守りの種類も様々で…

「一体、何を願っているのか?」が…

判別が、不可能だった。

 

哲人が首を傾げるのを、見て…

女性は、説明を始めた。

 

「外は危ないので、交通安全と…

 無病息災と、満貫成就と…

 相手がある場合、相手の頭が悪いかもしれないので…

 学業のお守りと、ボケ封じと…

 後、このお守りは…」

「ああ、結構です。

 理解しました。」

 

「そ、そうですか。

 良かった…

 助けてください。」

「…

 まず…

 お守りは、購入が自由なので…

 何をどれくらい買っても、問題は無いと考えます。」

 

「え?

 ええ…

 それは、そうですよね。」

「ですが、あなたのお守りの購入の仕方が…

 私の知っている、一般的な購入目的とズレています。

 なので『効きにくい』気持ちにも…

 なるのだと、思います。」

 

「え?

 私が、間違っていると言うんですか?

 だって…

 『交通安全』でしょ?

 『ボケ封じ』でしょ?

 それと、これは…」

「ええ、ええ。

 仰っている意味は、理解しました。

 『交通安全』は、私の認識と同じです。

 車を運転する場合も、購入したりしますが。」

 

「ええ、知っています!

 道を歩いていても、車を運転していても…

 事故が怖いのは、同じですから!」

「ええ…

 そこまでは、共通理解なのですが…

 特に『ボケ封じ』は…

 意味が通じていないので、お守りとしても効かない気がします。」

 

「え?

 なぜですか?」

「『交通安全』のお守りは、別の用途でも購入すると言う意味です。

 『外では気をつけて歩いて、事故に巻き込まれないようにしよう。』な、時と…

 『車を運転するのだから、事故を起こさないように気をつけよう。』な、時です。

 どちらも、自分自身のためのお守りなので…

 矛盾も、無いんです。」

 

「え?

 ええ…

 そうですね。」

「一方の『ボケ封じ』の、場合は…

 お守りを持っている人が、ボケないことを祈願しています。

 『ボケ封じのお守りも持っているし、しっかりしよう!』な、感じです。

 不特定多数の、誰かを相手に…

 『誰であれ、ボケないでください!』と…

 祈願するためのお守りでは、無いんです。」

 

「ええっ?

 そ、そうなんですか⁈」

「お守りとは、基本的に…

 願掛けする、本人のためのものです。

 『範囲はあくまでも、自分自身』な、ものです。」

 

「そ、そんな…

 あ、でも!

 『家内安全』って、家の中全部でしょう?」

「それは、まさしくそうですね。

 でも、それならば…

 家の中に、置いておきませんか?」

 

「へ?」

「別に、持ち歩いても構わないでしょうが…

 『あくまでも効能は、家の中だけ』なのでは?」

 

「!!

 そ、そうかも…」

「まあ、そういうわけで…

 お守りの範囲は、わりと限定的だと考えます。

 それと、これは推測なのですが…

 お守りに頼りすぎて、注意散漫では無いですか?」

 

「え。」

「神様への願掛けは、大勢の人がしていますが…

 自助努力をして、それでも不安で…

 『自分も頑張ります、見守っていてください。』と…

 それこそ、お守りとして…

 無駄に不安にならないために、あると思うんです。」

 

「…」

「お守りも、なんでもすがれば結構な量です。

 いつも、持ち歩いているなら…

 普通の荷物を持つ、支障にもなるでしょう。

 忘れ物とか、しやすくないですか?」

 

「!!

 お、おっしゃる通りです…

 私…

 頑張る方向を、間違っていたのかもしれません…」

「当たり前の危機感が、強過ぎる状態なのかもしれないですね。

 一度、お守りを全部置いて…

 用心して、近所を歩いてみては?

 それこそ、車に用心して…

 自転車なんかにも、気をつけてね。」

 

「そ、そうですね…

 や、やってみます!

 怖いけど…

 頑張ってみます!!」

 

女性は、そう言うと…

慌てて、お守りを紙袋に戻し…

深々と、哲人に礼をして…

コーヒー二杯分の支払いをして、出て行った。

 

「こういう常識は、皆あるのが面白い。」

哲人は、そう考えながら微笑むと…

仏な従業員に、ご馳走様を言い…

近所の神社のお守りは、何があるのかと…

神社に立ち寄ろうと、喫茶店を出た。