父母の結婚記念日
父はとっくに他界し、母は認知症が進んで最近父の事もすっかり忘れている
グループホームの社長と、雛祭りに並んで撮った写真が部屋に飾ってあるので、自分の夫はああいう男だと思い込んでしまった…
紛らわしい写真飾らんでくれ

昨日、誰も住まなくなった実家に帰り、裏庭の草むらを見る
何年も変わらない草ぼうぼうの景色
前は猫が餌をもらいに来ていたのだが、この冬からパタリと来なくなった
写真に写っていないが左奥に小さな社があり、猫たちはそこに住んでいたのだ。
おぼえていないのに結婚記念日のお祝いを言うのも変なので、もう母には何も言わない事にする
結婚記念日に、白島のお洒落な花屋さんであしらえた花束を持って行って喜んでくれた次の冬に父は呆気なく鬼籍に入りました
父にとっては、多分三回目の結婚だった(死後も新事実が色々出てきて定説定まらない…)
母は三十代半ばで初婚。
いわゆる略奪愛だったので、前の奥さん(私の二人の姉のお母さん)と父との殴りあいの修羅場を姉は目撃してとっても怖かったらしい。
と、先日姪の結婚式に行く道中姉は話してくれた。私の母からもらった真珠のネックレスを、自分の産みのお母さんの葬式に付けて行ったら、パーン!と弾けて真珠の粒が散り散りに飛んで行き、「怖かったよ~!やっぱりいけんかったんかね」という話も。
どちらの親族からも反対された私の母と父の結婚は、働き者で稼ぎも良い母と、それを車に費やすのらりくらりの父という関係だったが、父の死までなんとか続いた。何回も離婚すると言っていたが、結局しなかった。
若い頃、枕一個持って父の所に逃げ出して来たその筋の女の人がいて、親族に猛反対されて諦めたわけだが、その人を父は最後まで一番好きだったのだと父の死後まで母は焼きもちをやきつづけていた。「煙が真っ直ぐ何の未練も無さげに上がって行った。さっさとあの人に会いに行ったのよ」
そんなモヤモヤからも母は今開放されている。あれほど愛憎入り交じりドロドロしていたのに、今は似ても似つかないオッサンを夫だと思っている。
しかし、ボケる事を予感していた母は、自分が死んだら骨を父の墓に入れるよう私に指示していた。父は家の代々墓には入れず、別に葬ってあるので、母はそこで初めて邪魔なしに父と二人きりになれるという寸法である。
いくら母がボケても忘れても、私はおぼえているし、私がうっかり死んだとしても、子供たちに伝えてあるし、大丈夫。
第一、墓がどうなろうと、この世の事がどうなろうと大した事はない。二人のことは七夕の星がおぼえていてくれるのではないかと、もうそういう事にしておこうと思うのだ。