最近全然ブログを書いてなかったので久々に。
亡くなったじいちゃんのこと。
先月、地元の祖父が亡くなった。
今年のGWに福島へ帰省した時、病院のベッドに横になるじいちゃんと少しだけ会話をした。
母と2人で病院へ行ったら
ちょうどばあちゃんもお見舞いに来てた。
入れ歯が入ってないじいちゃんがモゴモゴ何か喋ってて、ばあちゃんがじいちゃんの口に入れ歯を入れてあげたら、弱々しい掠れた声で「さぁて、いっぱい喋るぞ〜」って。みんなで笑った。
自分の力じゃもうあんまり動けなくて、
ただでさえ小さいじいちゃんが余計小さく見えた。
じいちゃんは今までに体調悪かったり体のどこかが痛かったりしてよく入退院を繰り返してたから、その時はそんなに心配してなかった。
病院出て母と車で帰ってるとき、母から
「じいちゃんそろそろかもしれないんだ」
って小さく言われた時も、
次帰ってくる時にでもまた会えるって
どこかで思ってた。
じいちゃんは腰が曲がって小さくて、
でも農作業してる時はシャキッとしてかっこよかった。いつもほっぺが赤くてめちゃくちゃ可愛い優しいじいちゃんだった。
小さい頃じぃちゃんと一緒に風呂入って
2人でタオル使って遊んでたことも、
誰かに呼ばれた時に
「じーちゃん」って呼ばれてるのか
「ちーちゃん」って呼ばれてるのかわからなくて
2人同時に返事して、え?ってなったことも覚えてるよ。
本当にいつも可愛くてかっこよくて
優しいじいちゃん。
僕はずっと悩んでた。
親戚や家族の結婚式、いつの日か来てしまう葬式にも、僕は本当の自分の姿で齋藤家の人間としてそこに立っていていいのだろうかって。
齋藤家の女の子として産まれて、
でも本当の僕は男でありたいし自分の体が女の子なのはとても苦しい。
家族は応援してくれてるけど、
近しい親戚には性同一性障害のことは自分からは
何も言ってなかったから、男性の姿でちゃんとした場にいることを不思議がられたり嫌な顔されたりしたらなんて考えてずっと怖くて言えなかった。
だからじいちゃんの葬式も、
直前までずっと悩んでた。
そのことを母に相談したら
「大丈夫。何か言われたらお母さんがちゃんと言ってあげるから」って言われて、母の強さと僕の弱さに涙が出そうになった。
今本当に辛いのは父親を亡くした母のはずなのに。
僕が強くなくちゃいけないのに。
だからその時、
「ちゃんと言おう。
じいちゃんには直前言えなかったけど、
これはじいちゃんがくれたチャンスなんだ」
って思った。
翌日、じいちゃんの家へ行った時に
喪主である叔父さんと、
母の姉の叔母さんと、
ばあちゃん、その場にいたみんなに
自分の口から言えた。
じいちゃん、ごめんね。
本当にありがとう。
葬儀を終えて火葬場でじいちゃんと別れる時、
声を上げて泣く母を初めて見た。
何だかんだ涙脆い母ではあるけど、
あんなに声を上げて泣く母は初めて。
母はいつもじいちゃんを「じいちゃん」って呼んでたけど、その時だけ「お父さん、お父さん」って呼んで泣いていた。
その時改めて
「あぁ、そうだよな。母にとってはお父さんだよな、親なんだよな」って思ったら余計悲しくて、僕の今までの人生の中で、どれだけ父と母を大事にできただろうかって考えた。
いつも優しく大きく受け止めてくれている、
ご飯食べてるか?って心配してくれている、
劇団どう?頑張ってって応援してくれている、
この父と母に僕は、これからどれだけのことを返せるだろうか。
いつも恥ずかしくて言えない「ありがとう」も
ちゃんと口にしないと絶対に後悔する。
正直なところ、もし生まれ変わっても
この家にまた生まれて来たいって思う。
芝居をやっていて、生き物(人や動物)の命の尊さ、大切さをわかったつもりでいた。
じいちゃんの死を目の前に、
親の涙を目の前にして、命ってこういうことだって改めて思えた。じいちゃんが教えてくれた。
じいちゃんありがとう。
僕、頑張るよ。
家族も芝居も僕自身の人生も、
今までよりももっと大事に大切にしたい。
頑張るよ!