とても久しぶりの記事になります。
2021年は仕事が忙しいだけではなく、
私の会社を作った直後に夫の入院騒動があったり、
その過程で夫の鬱だけではなく発達障害が発覚したり(他にも糖尿とか色々出たけど自業自得でしかない)
衝動性の強い発達障害のためか、夫の子供たちへの恫喝が止まらず、子供を守るために別居を選んだり
年末にも今後について夫側の親族との話し合いがあったりで本当に怒涛でした。
そして、年が明けて「今年からは夫抜きで楽しく過ごすぞ!」…と思っていたら
我が家のうさぎ、爽太が空へ旅立っていきました…。
今までちゃんとトイレでできてた排泄も、あちこちでするようになっていき…
最後のほうは起き上がれなくなり、彼をクッションに寝かせて仕事をしながら傍で介護をしていました。
シニアと言われる年齢ではあったけど、まだまだ一緒にいられると思ってたのに、あっという間でした…。
家でできる仕事で、最期まで看取ることもできて本当によかったです。
亡くなる前日に
「もう無理しなくていいよ。私のために今まで頑張って支えてくれてありがとう」
「あなたが行きたい時にお空に行っていいから」
と話しているのを、じっと私を見つめながら聞いてました。
人の言葉がわかるうさぎだったので、受け取ってくれたのだと思います。
夫のことで負担かけてたけど、爽太は夫のことも好きだし心配してたもんね。
夫が体調を崩して床で寝てた時などは、爽太が夫に「ちゃんとソファで寝なさい!」と足ダンで伝えてましたから。
今はただ、爽太に会いたい。
でもきっとそばにいてくれてる。そんな気がします。
爽太からの最期のメッセージは
「今までとても楽しかった。ちゃんとボクのお母さんだったよ。育ててくれてありがとう」
だと受け取りました。
このメッセージでかなり心が救われました。
ここ数年、夫が病気を理由に好き勝手してくれたおかげで、子供にも爽太にも負担をかけてしまってました。
子供たちはパパと一緒にいたいと言ってたけど、もっと早く夫を切り離せばよかったと罪悪感でいっぱいです。
日常がおかしくなりすぎてると、判断が出来なくなるなと。
(私が夫を回復させたかったというのもあるのですが…)
離れたおかげでだんだん目が覚めてきたのか、親戚のおじちゃん感覚になったのか、夫も子供たちへの態度もかなり柔らかくはなったので
距離を置いてサポートはしようと思ってます。
でも、それ以上にもっと自分の時間も大事にして、子供たちと楽しみながら色んなことやっていけたらいいなと。本業の会社も立ち上げたばかりだし。
そこに爽太がいないのは寂しいけれど、心の中でずっと一緒にいて、見守ってくれてると思います。
爽太を作りたくて、技術を磨きたくて始めた羊毛フェルト。
小さいサイズを作り、子供のヘアアクセにしたりしてましたが、大きいサイズは時間が無くてなかなか作れず。
これから先、爽太を作れる日がいつ来るかはまだ分かりません。
心が落ち着いて、時間ができた時に
爽太との思い出を懐かしみながらゆっくり作ろうと思います。