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最近喫茶ジジを個人図書館と化してる俺です。
先日借りた『聖書物語』を読む。

うん。良書。

そもそも"ある一節のある単語"だけで論文が書ける『聖書』である。それを200p前後の本書だけでMatrixにplug-inされたばかりのNeoみたいに「I know Kung fu(この場合はBibleですけど)=カンフー(聖書)の奥義を体得したぜ! 」とは、普通の人間には先ず以って不可能なわけで、まずはサイズに見合った内容が必要なんである。

しかしこの本見事にサイズオーバーの、本から活字が溢れんばかりの内容の詰まった、そして学者さんの文章らしく整然としていて宗教臭さがほとんどなく淡々と読める物語のあらすじだった。

前半が『旧約聖書』。
第一章
アダム誕生からノアの箱舟まで。
第二章
アブラハム以降、ユダヤ氏族の興隆
第三章
モーセの出エジプト、ユダヤ王国の形成
第四章
ユダヤ民族の滅亡と散逸

後半が『新約聖書』。
第一章
イエス誕生、悟る前
第二章
イエスの悟り、奇跡開始
第三章
イエスの死、磔
第四章
復活と弟子の活躍

人に拠って意見は別れると思う。
宗教書たるもの、信仰語らずして本質が語れようか?
という人もいれば
宗教書たるもの、第三者の冷徹の眼を持たずして本質が語れようか?
って人もいるだろう。

たぶんこの二者の読後に見える風景は違うだろうし、どちらが正しいって事もないんだろうけど。たぶん。そもそも自分自身がその二者の間をユラユラというかダラダラというか所在をはっきりしないので、この問いが発生するんだろうな。著者は学者さんですけど、ちゃんとどちらもこの一冊に含まれてますよ、たぶん。

個人的に好きだったのは第三章、四章あたりのユダヤ興隆から没落あたりかなあ。旅から旅の歴史に一応の終止符を打ち、念願の永住の地を獲た事が凋落の始まりとはなんと皮肉な事か。精神的支柱を求めたが故に身分の違いが生まれ、貧富の差が生まれ、それらが争いの種になるって流れはもう何千年も続いていて、人間の根本的な業なんだろうなあ。

ま、、、XXに対するXYの嫉妬などは、有史以来(本当に稀なる例外を除いて)男社会である事から察するに、ルサンチマンって奴はそもそも生物的本能に依るものなのかなあ。

と思いました。今日は以上。