尾瀬つづき
幻想的な朝霧を期待していたが、
霧はない。
雲がある日は発生しないらしい

さらに奥に入っていくと、
生い茂るシダがまるで
ジュラシックパークのワンシーンのよう

曇り空からのスタートに
自称 晴れ女
、
ちょっと焦る
ここはなんとかせねば・・・と
思っているところに、
何とも言えない淡く甘い水色の空が
広がってきた。
イチゴミルクならぬ・・・
「空ミルク色」とでも呼ぼう

これ、
途中、度々現れる 「熊除けの鐘」![]()

みんな、さり気なく、ついでのように
カンカンカン~!と、鳴らしていくけど、
きっと わたしと同じ気持ち、
実は必死
に、
「お願いっ
熊が出ませんように
どーかどーかお願いしますー」カンカンカン~~~!!!
の、おかげで熊との遭遇もなく
尾瀬ウォーキングも
終わりにさしかかる頃、
水芭蕉の花を発見
最初で最後の一輪

まさに歌の歌詞のように
夢見て咲いている水のほとり♪
可憐で淑やかで
「みなさま、ごきげん麗しゅう
」
と、優雅に手を振ってくれてるよう
わたしのお気に入りショット

オタマジャクシに感動し
、夢中で水の中を覗き込む
都会っ子4人組

そんなほのぼの気分も吹っ飛び、
尾瀬最後の難所にさしかかる。
ゴールの鳩待峠が見えてくる。
今日歩いた時間、total4時間半![]()
ゴールが見えた瞬間に、
思いもよらぬ妙な達成感が、
どこか深~いとこから湧いて
きた気がした。
「もうちょっと歩きたい
もっと歩けるのに
」と、
ここにきてさらにテンションは上がる。
俗にいう山の快感というものなのか?
今まで断然「海派」だった自分が
山もいいなぁ、と思ってることに驚く。
そして、海と山との違いも
なんとなく分かった。
山の達成感には苦労が伴う。
海は苦労はない。が、
その分、達成感も特にない。
海と山とを比べること自体が
理不尽だ、ということか
尾瀬といえば・・・
尾瀬の代表歌「夏の思い出」。
行く前からずっと、
頭の中でぐるぐる廻っている。。。
尾瀬の自然を、歌の中で、短い歌詞で、
まんべんなく表現していることがすばらしい。
わたしもこの先、この尾瀬の旅を、
「夏がくれば思い出す」・・・んだろうな
はるかな尾瀬
遥か遠かった尾瀬
初めての尾瀬

共に旅した女子のうち
4人中3人も同じく初めて。
何気に近くて遠かった「尾瀬」

お天気に恵まれ、
リュックの中でスタンバイ中の
雨具の出番などは
まったくなく、
あらためて自ら、晴れ女の異名を
実感した。
お日さまの強い光の力も借り
わたしのスマホの写真も
少しだけランクアップ

(してるか!?)
(ニッコウキスゲ)
日暮れに近づくと
雲の流れが刻一刻と変化する。
日も暮れ、
今夜の月や星たちは、残念ながら
厚い雲の奥から顔を出さない。
外はかなり冷えている。
山小屋の中で
一缶470円(!)のビールを囲み
色んな話に花が咲く。
そしてあっという間に消灯時刻の9時。
いつもなら家でご飯食べてる時間
「こんな時間から寝れっか
」
と思ったが
途中目覚めて、
ちゃんと眠れてた自分に気付く
るり(=my 猫)を想い
心配し
(母がちゃんとお水換えて
まんま出してあげてるか、
るりを外に逃がしてないかとかetc・・・)
ちょっとだけホームシックな気分で
尾瀬の夜が明けたのだった
目覚めのドリップコーヒーは、
お値段一杯500円。。。
んーーーーーーー、
やめておこう
藤、満開
紫の藤のほか、白藤も満開です![]()
5/5 あしかがフラワーパークより
小さいころは、さほど藤に「季節感」を感じたことがなかったけど、
なんとなく、わたしにとって特別な花だった。
とりわけ、今は祖父の記憶を鮮明によみがえらせてくれる。
祖父の家には、いつのころか藤棚があった。
毎年藤の花が咲くころに
普段は寡黙な祖父が電話口で少し興奮気味に、
「今年も藤が満開だよ!」
そう告げる。
それが、わたしたちが祖父の家を訪れる
ゴールデンウィークの少し前のこと。。。
実際訪ねるころには
既に散りはじめ、
蜜を吸いにきた蜂たちが群がっている。
今考えると、
あそこは陽当たりもよく、
房総の海から近いということもあり
少し早めに開花を迎えるのかもしれない。
「もう少し早くくれば見ごろだったのに」と、
藤を独り占めして、少し誇らしげに話す祖父の
声を聞くのが、毎年楽しみだった。
おじいちゃん、
今日は満開の藤を見てきたよ。
藤で
もう一つ思い出すものがある。
それは、
七五三のときの髪飾り
着物を着て、おちょぼ口に口紅をぬられ
髪に藤の花飾りをつけて、
不機嫌そうな顔で写るわたしの七五三写真。
いまだに居間に飾られている
なんだか急に髪飾りが見たくなって、
たんすの奥から引っぱり出してみた。
そうそう、これこれ。
こうなると、紅もさしたくなってくる
独特な存在感、美しさを内に秘めた
藤の花。
そんな強い印象とは裏腹に、
風にそよそよ身をまかせては
そよぐ姿は、
しなやかさ、はかなさも兼ね揃え。
どこか少し浮世離れした、
そんな女性になりたい、
今日、藤を見てそう思った。
今日が「初あしかがフラワーパーク」の母、
「一生分の藤を見たわ
」
とのこと。
確かに。。。
藤の樹だけで350本以上あるらしい・・・
今日、二度目のわたし。
”二生分”の藤を見たかもしれない
お留守番は嫌い!
思わず泣きそうになってしまった

るーちゃんかわいすぎ

健気すぎ

最近一人でお留守番が多いるり

わたしが朝、出かけるまでを
寂しそうに見ていて、
そのうち眠くなって
ウトウトしてきたとこに
毛布をかけられ、
起きると誰もいない・・・

きっとそんな何日かの
繰り返しのるり。
今日も椅子の上にるりの毛布を敷き、
居間にもるりの毛布を敷き、
るりが寝たら毛布をかける気満々で
朝の準備をしていると、
そんな毛布には目もくれず
わたしの作戦に引っかかる気配もなく
床に座ってカバンの整理をしてる
居心地の悪かろうわたしの膝の上に
ちょこんと乗ってきた

まるでカバンの整理を
邪魔するかのように。
ゆっくり立て膝をしようと動かしても
降りようとしないるり

今日も置いていかれちゃうことが
分かってるんだね

「絶対帰ってくるから
るりがいっぱいねんねして
起きたら、姐御ちゃんといるから、
待っててね
」と抱擁 & 固く熱い約束をして
泣く泣く出勤したわたし


そして帰宅途中の今 電車の中

感動の再会まで
あともうちょっと

子供の頃
UFOとかビッグフットとか、
そんなSFチックな番組で
ペットは
飼い主が帰宅する際
会社を出るときから
特殊なテレパシーで
帰ってくるのが分かるって実験を
見たような見ないような。
実験自体、あやしい

なにしろ記憶がビッグフットと同時期

でもたまに言われる。
母から
わたしが帰宅する10分前になると
るり、二階から外の遠くを見てるよ、
って。
今日もきっと待ってるね

もうちょっとだよ

あ、るりはきっともう知ってるね。
姐御があと何分何秒で
お家に到着することが

Android携帯からの投稿
つくしとか

久しぶりにつくしを見て、
ここ何年か つくしの存在すら
忘れていた自分に気づく

昨日は九十九里までお墓参りに

少しだけ高台にあるお墓の位置から
下を見下ろした光景


今年もちゃんと春がきたねー

Android携帯からの投稿
春?
る:「姐御が帰ってきた
」って、2階の窓から見てて気づいて
うれしくて階段をかけおりてきた姿を
ちょうど玄関から入ってきた
姐御に写真撮られて、
なぜだか
胴がやたら長くなっちゃった
お茶目なるり

姐御=わたしのことが
好きで好きで 大好きで
わたしが帰ってくると
声をかけなでてくれるまで
ずっと、熱い視線を送る。
声をかけてあげないと、
勝手に怒る

熱視線を送る中、母が間に立とうものなら
わたしの顔が見える位置まで
必死に首を伸ばし、
そしてまた 見つめ始める。
猫は、
その人の姿が見えないとその間は
寂しさを忘れてしまい
姿が見えると
今までの寂しさを思い出すって、
なんかで読んだことがある。
はたしてその寂しさとは、
人間が思う寂しさと
同一の感情であるかは
なぞ

愛情も、どのレベルなのか
なぞ

わたしのこと
「いつも愛しの愛しのシーバをくれる
ただの人・・・」
と思ってるだけかもしれない。
ここ最近
昼間は窓辺の特等席で熟睡、
夜はギンギンで、
飛び跳ねまくって人を遊びに誘うため
噛んで起こしにくる
超ーー弩級、夜行性るり

今年も春がきたんだ

暦もない猫社会
なにから春を感じるのか

猫だけじゃなく動物の本能は
人間には到底計り知れないっ















































