もう日付は変わりましたが終戦記念日でした。
忘れないで 今ここに
何故 僕らが 幸せに 暮らせている事を
忘れないで 持ちたくもない
重たい銃を 背負い 戦った人達を
(『重たい銃』果里)
今年でちょうど戦後70年ですが、集団的自衛権とか、憲法9条の改正など再び戦争をする国になるかもしれない危機に立たされています。
母親達もついに立ち上がって、戦争をする国にならないようデモを決行しました。
数年前私の住んでいる長崎出身の当時の防衛庁長官が、戦争を終結させるために原爆投下は必要だったと失言しましたが、頭で考えるとそうだったかもしれない・・・・・・
しかし、(経験はありませんが・・・)家も焼かれ、愛する人や家族を失い、瓦礫ばかりの焦土と化した大地に立つと、思考の入る余地なんてない、こんなこと許されない
愛する人や家族、街、もとの生活を返せーーーー
I![]()
と叫ばずにいられません。
終戦特番を見ていて、特攻隊とか、国民の命を散らしてまで、戦局が壊滅的状況であるのに、民間人まで巻き込んで何を求めていたんだろうと思います。
代償が大きすぎる割には実が小粒だ・・・・・・II![]()
どっちが先にやりだして、やり返し、加害者や被害者になって、いろんな事が上塗りに上塗りを重ねて、何を恨んだり憎んだりして争いを始めたのかも次第にわからなくなってきて、馬鹿馬鹿しい・・・・・
たとえどんなに酷いことをされても、相手を憎めば同じことの繰り返しで、もう赦し合うしかないのかも・・・・・・
再び日本が戦争をする国になったらそれこそ、国の為に未来の為に戦死した人たちが浮かばれないIII![]()
先日福岡の九州国立博物館で開催中の『100のモノが語る世界の歴史』というテーマで企画展をやっていて、100の作品を通して200万年前から現在までの歴史を読み解こうという試みで、100点目の作品で、銃器の部品を使って作った母親像があって、殺す道具である銃が、ばらばらにされて、母親像になったことに感動した。
こちらがその画像です。
また、九州国立博物館が選ぶ101点目として、企画展を見に来たお客さんの参加型で、用意してある折り紙で鶴を折り、大きなスケルトンの鶴に折った鶴を入れていって1つの作品が出来上がるというものがありました。
折り鶴は、病気で苦しむ人のためや平和を願うために心をこめて折るもので、それが101点目に選ばれた訳です。
私も心をこめて折りました。

世界のどこかで戦争があっても、人は誰かや何かのために祈ることが出来るから美しく、希望が持てます。
この大英博物館展は、9月6日まで九州国立博物館で開催されます。機会があれば銃器で作った母親像を見に、また折り鶴を折りに行かれてください。
神戸でも9月20日から来年の年明けくらいまで開催されます。
『重たい銃』が入ってる果里さんのアルバムはこちら
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