69年前も暑い日が続いていたことでしょう
今年も《8月6日》が訪れました
そしてこの後も《9日》《15日》と絶対に忘れてはいけない日が訪れます
勿論、当時は世界中で不幸なことが起こっていたのですから 全ての出来事を、知っておく必要があると思いますが・・・
今日、広島の地元紙に、粋な計らいがあったようです
http://mainichi.jp/select/news/20140807k0000m040011000c.html
「応援できる平和に
」
69年前の今日、世界で最初の原子爆弾が広島に投下された日です
最近、新聞で読んだのですが
長崎の《語り部》の方に、修学旅行生が『死に損ない』と心無い言葉を発したという記事を読みました
これを目にした時、愕然として泣いてしまった・・・
日本人はいったいどうなってしまったんだろう
このままでは、きっといつ戦争になってもおかしくはないと思ってしまいました
忘れてはいけないことなのに・・・
だんだんに人々の記憶からこの出来事が薄れていくことが、恐ろしく感じられます
【集団的自衛権】だってそうです
総理は、色々と取り繕ったような弁明を述べていますが
いざ、海外でいざこざが起こったとして事が進んでいくと
綺麗ごとでは済まされない事態に、変貌してしまうんです
過去の戦争だって、収集がつかなくなって大惨事になってしまったじゃありませんか・・・・
学んでないっていうか・・・あっけにとられます
これから、世界はどうなってしまうのでしょう
色々と起こる各国の事態に、時々、不安になってしまうことがあります
今の平和な生活は、元からあったものではない
という 過去の事実を、後世に伝えていくべきです
なにも体験した人が身近にいなくても
図書館に行けば、沢山の関連した本があります
関連の資料館や、記念館にも見聞きできる資料があります
そして知ると同時に、想像力を働かせる力を持つこと
一つ確実に言えることは
今、この時代の日本に生きていられるとこは
自身の2~3代前の血縁者が、生きていてくれたから
自分がこうして生きていられるという事実
私の母も昭和19年に尼崎で生を受けました
当時は空襲が激しくなっていた時です
祖母は生まれたばかりの私の母を抱きかかえて防空壕へ、よく逃げ込んだ という話を、小さかった母によく話して聞かせたそうです
この時、祖母と赤ん坊だった母が爆弾に当たって死んでいたら・・・
私は生まれてくることはできなかった訳ですから・・・
そのことに感謝しなければいけません
8月は私にとって、ずっと特別な月だと思っています



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