この間、お母さんに言ったことです。




コンビニとか銀行のATMとかで並んでる時、私の前の人たちがお会計や取り引きに結構時間食ってて私はしばらく待ってたの。でも、お会計してる二人が同じタイミングでレジ(ATM)終わって、私と私の後ろのさっき並び始めた人に順番が回ってきたの。


すごく損した気分になったんだよねー。

後ろの人は私より待ってないのに同じタイミングでレジへ行くことが。

逆に、私が「後ろの人」の立場だったら、得した気分になる。





と、言いました。


お母さんは、「そんなことにいちいちエネルギー使うの疲れるろ!」と言いました。


そうです。私は神経質です。

器が小さいことや、セコいことを省いて、くだらない場所に神経質になるのです。

こだわりをやめられず生活がままならない時があるのです。



お母さんの返答は、褒め言葉に捉えてしまいました。



そうでしょう?ありがとう

何かを肯定された気分でした。





学生が終わって、社会に出たら、自分の元からある神経質度とかズレとか考え方になおさら悩みました。疲れていました。


そして、学生の時ほどSNSにペラペラと思いの丈をあげることを辞めたので、「おかしいなぁ」「楽しかったなぁ」「みんな聞いて~」と、日常で思ったことが浮かんでは消えていくのがもったいないなぁって思ってたんです。



他人の思い出、煌びやかな写真、感情的になっているつぶやき

スクロールするたびに考えさせられて、比べて、疲れて、悩んで。シャットアウトしてました。


でも、他からしたらシンプルで、自由で、立派な主張なんだと。

ひとがどうであれわたしはこうなんだ、と。




お母さんの返答で、神経質さとかズレとか考え方とか、別にいいじゃん誰が咎める?って気持ちになりました。ようやく。





無意識に注いでしまっているエネルギーをちょっと書き留める感覚です。






「~だ。~である。」調だと読み返して恥ずかしくなったことがあるので

「~です。~ます。」調にしていこうと思います。