今朝の読売新聞。時代の証言者。で見つけました。
認知症ケアの第一人者の長谷川和夫先生のお話の中に出てきます。
そもそも認知症という言葉を考えた?先生のようです。
長谷川スケールとか。。私はあまり詳しくないのですが、
考えたって言う簡単な経過ではない事も、連載の最初の頃に書いてありました。
今は認知症。。当たり前に使いますが、以前は痴呆症とか言われていて、
たかだか呼び名を変えるのも、何とか審議会とか。。
まぁ。。役所仕事って、言ってしまえば、それまでですけど、
世の中に言葉が浸透するのにはそれなりの経過があるようです。
自閉症もそうですよね。昔の呼び名は違いました。
逆に、何をもって認知症と言うのか?自閉症と言うのか?
わかりにくくなった部分もあったり、文学作品などは扱いに苦慮している様子も否めません。
特に福祉業界にありがちな事だと思います。
最初から話がそれてしまったのですが。。
パーソンセンタードケア。
長谷川先生が、大好きな物語の紹介です。
聖マリアンナ医大で同僚だった方があるコラムに書いた物語だそうです。
長いですけど、doramusume朝からビビッと、感銘したので、転記します。
公園を歩いていた小さな子が転んで泣きだしてしまいました。
すると4歳くらいの女の子が駆け寄ってきて、
助け起こすのかと思ったら、傍らに自分も腹ばいになり、にこっり笑いかけた。
泣いていた子もつられてにっこりした。
女の子が起きようねと言うと小さな子はうんと言い、
二人は手をつないで歩いて行った~~。
長谷川先生が、この女の子の行動はパーソンセンタードケアの原点だと言われています。
doramusumeパーソンセンタードケアと言う言葉自体は、今まで身近にはなく。
ハッキリ認識をしていませんでしたが、「その人中心のケア」。。。
なるほど。。と。感銘です。
もう少し引用しますと、
倒れた子のもとに駆け寄って、上から手を引いて起こすのではなく、
まず自分も地面に横たわる。
これはケアを必要としている人と同じ目線に立つと言う事ですよね。
それから頃合いを見て自分で起きてみようと勧めます。
自力で起き上がることが出来た子はさぞうれしかったことでしょう。
こんなケアが広まったらいいなと願ってきました。
お話はもう少し続きますけど。。記事とは離れて、以下は私の感じた事。
私は、コレは福祉業界のみならず、社会全体に言える事だと思いました。
また、子育てにも、よく言われることだと思います。
同じ目線に立つ。って結構意識しないと出来ない事じゃないかな?
とも感じています。
よく仕事を教えるのが上手な方が使う手法のように思います。
まぁ。。仕事というか世の中全てが、
教わる部分と勉強する部分の組み合わせですから、
全てが当てはまるとも思いませんけど、・・・。
同じ目線に立つ。相手の気持ちを汲取る。やさしさの原点だと思います。
なぁんちゃって。。。
肝臓が人よりとっても弱い彼。
疲れやすいです。
なので、私もね。。いつも、同じ目線で休ませて頂いていますけど。(* ̄▽ ̄)フフフッ♪。
ちょっと。。違うか?。。まぁ~いいか♬🎶です。
もう一つ、話の流れで、思い出したことがあります。
娘をたった一人しか育てていませんdoramusume。ダメ母だと自覚。
ただ、同じ目線と言う事は、彼女が小さいころから意識はしていました。
そんなこんなを彼女が大人になった時。
一緒に飲んだついでの話に出たことがありました。
「母はね、姫といつも同じ気持ちで、子供の心を思い出しながら育てたよ!」
「子供の頭になってね!」などと。。威張ったところ。。
娘曰く。。
「う~~ん。まま。。少し。。戻らなくなってるね!」
私。。「?」。。
一本負けしたものの⤵。。楽しい娘との会話でした。