
non・no雑誌1979年切り抜き
スペシャル アイ 永遠のロマンを秘めてよみがえる、美しさ銀幕の妖精
オードリー・ヘップバーン

アメリカのある雑誌記者は、オードリー・ヘップバーンのトレードマークを、“トゥウィンクル”つまり、あの目のまたたきだといった。
大きく、ちょっと目尻が切れ上がったオードリーの目。色はグリーンがかったブルー。その目が、あるときは実に雄弁に、あるときは神秘的に輝くとき、見つめる者は、吸い込まれそうな魔力を感じる。ラブシーンなどで目を閉じた表情もまた、うっとりするぐらい美しい。

しかし、オードリーの顔自体は、欧米人に言わせれば決して美形ではなく、ファニー・フェイスなのである。確かにそう言われてみれば、広いおデコ、大きな耳と口、太い眉、エラの張ったあごと、正統派美人とは言いかねる。彼女の小さな胸、棒のような身体つきも、古典的な女らしさの概念からは、程遠い。胸、豊かなるがゆえに貴からず──といったかどうかはわからないが、『麗しのサブリナ』(1954年)でオードリーを起用したビリー・ワイルダー監督は
「オードリー・ヘップバーンによって、ボイン崇拝時代は終わった!」と宣言したという。

身長170cm 、体重50kg というやせっぽちのオードリー、その胸もお尻も、お世辞にもふくよかとはいえなかった。将来の美女の条件からいえば落第点の一人の娘が、『ローマの休日』
(1953年)で気の遠くなるほどチャーミングだったとき、美の基準は変わってしまったのだ。今、やせている、ということが美しさの重大な要素になり、ほとんどすべて女性がスリムな身体に憧れている。

ファッション・モデルの体型を見れば分かるとおり、洋服を着こなすときも、やせて背が高いほうが、悔しいけれど、圧倒的に有利である。こうなったのはすべてオードリーの責任、といっては言い過ぎかもしれないが、スレンダーの魅力を強力に世に知らしめたのがオードリー・ヘップバーンであることは間違いないだろう。
オードリーには、肉のにおいがしない。脂粉の香りも漂ってこない。
なまめかしい官能的な魅力は彼女にはないのだ。そのかわり、持って生まれた得もいわれぬ気品、犯しがたいエレガンスが全身からあふれている。オランダの貴族の出身である、母の血がなせる業だろうか…。加えて、抜群のファッション・センス!自分の体型、持ち味、好みを見事に生かし、しかも斬新な感覚をスパイスにきかせた、その巧みな着こなしは、同性として舌を巻かざるを得ない。
「流行を追ってはいけません。逆に流行に追わせるぐらいの気迫を持たなくては…。自分自身をじっくり研究して、何がいちばん似合う決定すべきです。人マネほど愚かなことはないと思うわ。ある人にとっていかにスマートでも、シックでも、だれにでも似合うなんてことは絶対にないんですから。バーゲンの服だって、着る人のセンスによっては、驚くほど新鮮でステキになるものよ」あるとき、ベスト・ドレッサー
として、おしゃれのアドバイスを求められたオードリーはこう答えた。そして言い切った。
「個性というのは、おしゃれに表れるものなのです」輝かしいハリウッド・デビュー作
『ローマの休日』(1953年)では、長い髪を惜しげもなく切り、ショート・ヘアの魅力に目をみはらせた。………
スクリーンのおしゃれでキュートな妖精ぶりからは想像できないが、オードリーの生いたちは、決して幸せではなかった。幼いころの両親の不和、そして離婚…。10歳のときには第二次世界大戦が勃発し、ナチス占領下のオランダで、耐乏生活を送らなければならなかった。学校にも通えず、食べる物はレタスしかない日々もあった。年端もいかぬ身で、レジスタンスの地下運動に協力したとも伝えられている。
だが、そんな暗い時代にも、オードリーは子供のころから好きだったバレエのレッスンだけはやめず、終戦とともに本格的に練習に励む。19歳になると、母を残してロンドンへ留学、権威
あるバレエ学校の給費生になった。
もし、オードリーがもっと小柄であれば、彼女はクラシック・バレエで名をなしたかもしれない。しかし、170センチという身長は、プリマを目指すにはいささか身長すぎた。ナイトクラブのダンサーなどつらいアルバイトをしながら、バレエを続けていたオードリーだが、やがてオーディションを受けてミュージカルの舞台に立つ。モデルの仕事もした。そうこうするうちに、マリオ・ザムピという監督の目にとまり、『天国の笑い声』という作品で、ほんの端役だが映画に初出演。以後、『ラヴェンダー・ヒル・モップ』など5本の映画にでている。そして1951年、「ほら、ここに私のジジがいるわ!」
『ローマの休日』でオードリーが与えた新鮮な衝撃は、いまも語り草になっている。上品で愛らしい、この生き生きした細身のヒロインに、観客はたちまち魅せられ、男性も女性もたちどころにオードリーの虜になってしまった。以後、オードリーは、一年にほぼ1作か2作と、数は多くないが、粒よりの作品に出演し、ハリウッドの大スターへの道を着実に歩んでいく。
あの魅力的なあの目のまたたきに、人生の深みと優しい年輪を加えて──
永遠のロマンを秘めて──