マフィン(切り抜き)1993年9月号
五十嵐淳子 (いがらしじゅんこ)
1952年9月20日、埼玉県生まれ。高校2年生のときにスカウトされてデビューし、一躍アイドルに。その後、22才で本格的に女優として再スタートした。ドラマで共演した中村雅俊さん(42才)と1977年に結婚。一男三女の母親である。
「つきあっているときからそうでしたけど、結婚してからもしばらくは〝売れなくなったら八百屋をやる〟って(ご主人の中村雅俊さんが)言ってたから、内心ではちょっと〝八百屋のおかみさんになるんだな〟って覚悟してたんです。そうなったらいつか、近所の人を呼んで〝昔スターだった〟っていうビデオを見せよう、とかね(笑)」
五十嵐淳子さんはかわいらしい女性だ。撮影中の立ち居振舞が可憐なだけでなく、話をしていていてもとても楽しい。おかしなことを話しているわけではないのに、なんだかこちらまでニコニコしてきてしまうのだ。16才の長男を頭に、15才の長女、今年で6才になる次女、4才の三女と、4人の子供を育て、家庭を維持するその奮闘ぶりも、ただたいへんなだけでなく微笑ましく幸せそうに感じられる。
「ざっとしたお掃除はお手伝いさんにやってもらっている」とはいえ、お姑さんを含む総勢7人分の家事をこなすのは、相当の重労働に違いないのだが。
「いつも5時ちょっと過ぎに起きて、まず子供たちのお弁当を4個作ります。上のふたりが出かけたあとは、洗濯機を回しながら新聞を読んだりニュースを見たり自分のごはんをたべたり。下のふたりが起きてきたら、ごはんをたべさせ、洋服を着せて、9時くらいにふたりを幼稚園に送って…。帰って来てからは洗濯物を干したり、掃除をしたり片付けたりして、午後になると、帰ってきた下の娘たちを歯医者さんやお稽古ごとに連れていく。で、夕飯の買い物に行って、次の日のお弁当のことを考えながら夕飯を作るんです。ごはんを食べさせたり、下のふたりを寝かせるまではばたばたしてますね。寝かしつけてから片づけや、次の日の朝ごはんとお弁当の支度をしたりするともう11時くらいになっちゃって。だからテレビはニュース以外はほとんど見られないですね。自分のための時間?ないですね。でもまあ、子供のことだって自分のことなわけですから、そんなにストレスはたまらないですね。いろいろあるけれど、それはそれでいいし、忙しいけど充実してます。それだけ必要とされているわけですから、いちばんいい時期かなって思いますね(ニッコリ)」
睡眠時間の確保がたいへん、と言う五十嵐さんの言葉には切実ささえ感じられるのだが、充実した笑顔も輝いて見える。父親である中村雅俊さんの協力は?
「〝理想の父親像〟なんて言われてますけど、〝像〟だけで実態がないんですよ。(笑)
私のほうが子育てには向いてるような気がします。特に小さな子って、こまごました手のかかることが多いでしょう。食べさせたり、ふいてあげたりとか、男の人にはできないですよね。うちのなんか、途中で怒ったふりをしていうことを聞かせようとするんですよ。〝怒っちゃだめ〟って言うんですけどね。(笑)たまのお休みには、上の子たちを買い物に連れていったりしてくれてますから、まあ、上のふたりは任せて、下のふたりを私が見て」
五十嵐さんのきゃしゃな体つきにはどうもしっかりしない言葉だけれど、〝肝っ玉母さん〟なのだなあ、と思う。一生懸命に子供を育てている母親の強さと優しさを感じさせるというか。
「子供がひとり生まれるたびに生活が変わってきたんです。子供ひとりだけじゃわからないことが、ふたりになってわかったり、ふたりじゃわからないことが3人になってわかったり。結婚だけじゃわからないことも、子供に教えられています。同じ一回の人生でも、豊かな経験をしてると思いますね。子供たちには感謝してます。」
「人を変えさせるより、自分が変わったほうが早いし簡単。考え方が上手なのがずるいのかわからないけど、気持ちが通じなかったりすると、〝あ、自分の言い方が悪かったんだ〟って、自分で処理しちゃいます。親子でも同じ考えの人間はいないですからね。夫婦って考えは違っても、同じ方向を向いていればいいかなって思いますね」
五十嵐さん自身は今、納得のいく毎日を送っているのだろうか。
「そんなことはないです。やり残していることはいっぱいありますしね。ただ、楽になったんですよ。若いころって、自分を過大視しちゃってたりして、現実の自分がそれについていけないと自己嫌悪に陥ったりしますよね。でも、30才くらいになってやっと〝自分はそれほどたいした人間じゃないんだ〟っていうことがわかってくると、もっと肩の力を抜いて自分を見ることができるようになるんです。若いときって、自分をいじめちゃうこともありますから、自分を大事にできるようになったっていうか。自分のことを好きになってあげないと、やっぱりかわいそうでしょう」
自分を大事に、自分を好きになりながら、毎年重ねていく年令を、五十嵐さんはとても自然に受け止めているように思える。若かった時代のことを思い返したり、少しでも長くその時代を引き止めようとしてはいない。
「それなりに一生懸命やってきたから、後悔はしていません。赤面しちゃうこともいっぱいありますけど、自分なりに過去のことは消化しちゃってます。結局全精力で一生懸命やれば、その場はそれで終わりますからね。引きずったり、まったくしないです。人の判断で決めたりすると人のせいにするだろうけど、自分なりに自分の判断でやった結果ですから、なにがあってもしようがない、と消化するしかないんですね。うちは特に忙しいから、一日が貴重なんですよ。それを無駄な一日にしたくないし、実際、考えている暇もないというか、目の前に考えなきゃいけないことがいっぱいありますから。忙しいのがストレスの解消になってるかもしれないですね。考えなさすぎるのかもしれないけど(笑)」……
「私たちが24才と26才で結婚しましたから、10年たったら孫ができてお祖父さんとお祖母さんになっているかもしれないですよ。まあ、怖い。(笑) いずれにしても、子供が巣立ったら、夫婦で楽しめるような人生をふたりで考えていきたいな、とは言ってるんですよ。お金を残すと絶対に争いになるし、家は相続するといったって、4分のーずつと少ないですし。まして、私たち自身が紙袋で引っ越すっていうところから始めて、ふたりで仕事をしてきたものだから、一銭を残さないでパーッて使おうって言ってるんです。派手な格好な生活して(笑)」
「やっぱり、愛された子って人にも優しくできるし、人を愛してあげることもできますからね」