今から55年前にお見合い結婚しました。幼稚園へ勤めながら

幼児の心理学の単位を取るために、神戸大学へ勉強にかよって

居たのに、私の母が結婚をするように勝手に進めて40日目に

結婚をしました。顔も覚えないまま・・・料理も出来ないまま、何も

分からないまま結婚したのです。まだまだ、早いと想いながら母の

言う事を聞いてお嫁に行きました。20歳だから許されるでしょうが

味噌汁以外はほとんど出来ませんでした。魚の名前も余り知りません

でした。日本が戦争に負けてようやく復興した29年、あれから55年

今は、貧乏が身にしみて,繕いものが好きになって靴下にまで接ぎを

当てるのが好きになり、先日も夫に見られて怒られたのです。見っともない

からやめろ!と・・・勿体ない、、まだまだ履けるのは捨てられません、

私は戦時中に育った人間です。勿体ないと今も、繕い物を楽しんで

居る75歳です。これからも頑張ります。応援をよろしくお願いします。


あれから64年が過ぎた。私は小学6年生、11才でした。

来年は女学校へ受験の年でした。敗戦になってからが

大変でした。何もない、着るもの、食べるもの、何もない

我が家だけではないから仕方がない、でも、不足を言え

ない時代だから皆が辛抱して、暮して居たのです。

勉強もろくに出来なかったが翌年、女学校へ入った

モンペを履いて学校へ行った。恥かしとは思わない。

誰もが同じだから・・・今の若者なら嫌がるでしょうね。

親の着物を潰して縫い直してモンペをつくり直した物

だから、今から考えたら、よく、我慢をしたものだと感心

している。誰も同じだから平気で居られたのでしょうね。

当時の親達は偉い!何もない不自由な時、沢山の子供

を育ててくれた、今のように電化製品が何一つとして無い

時に、ご飯を炊いて、掃除をして、洗濯はたらいで洗濯板で

ごしごしと、炊飯器がないから薪を燃やして、力いっぱい

働いて子供を育ててくれた。だれも、ぐれたりしなかった。

親の手伝いをした。子守をしていた。立派に大人に育った。

今の若い親にもっと頑張れ!もっと働け!と言いたい。

梅雨がだいぶ遅れてあけたようです。途端に暑くなりました。

しかし、暑い時期に暑くないといけないらしいのです。

野菜が全然できません。枯れてしまいました。直ぐに

新しく野菜の種を蒔き直し、やっとキュウリも一つ大きく

なつて大切によばれた次第です。やはり、太陽が出ないと

生物、生きているもの全て生きて行けません。本当に

何時も太陽は出ているものと勘違いしていました

今年の梅雨みたいに何日も、何日も、太陽が顔を

見せて呉れなかったら生きていけない事がよく分かり

ました。感謝を忘れては申し訳ないと思いました。

水でも自然の贈り物です。大切に使いましょう。

本当に自然の大きさには驚かされますね。人間が

いくら偉そうにしても自然には叶わないことですね。

私も今後、気をつけて暮らすことを誓います。終わり。