昨日の夜はお友達と食事。
喋り続けていたら帰宅が1時になった。
あー、こんなに遅くなってしまったと
なんだかちょっぴり罪悪感?なのか何なのか。
なんだか少し帰り道を急ぐ感覚が。
何に対しての罪悪感なのか?
自由に遊びすぎて怒られるかも。
こういう時頭をよぎる声はだいたい父親の声。
全部客観的に冷静に頭ではわかっている。
その声は自分で言ってるだけだから大丈夫。
こういう時まだ父親を思い出すんだなぁって
ちょうどそんな話をしていたからなぁ
なんて思いながら帰宅した。
家に帰るとパパ君はもう寝ていた。
ふとLINEが来ていることに気づき、
見るとパパ君から。『朝帰りしないよね?』
ほんの数分前のLINE。
家に着く直前に届いていたようだ。
という事は、パパ君寝たふりしてたのか?
この時、
あー。怒ってるかも
と思うのか。
心配してくれたのかしら
と思うのか。
どちらもありうる。
昔の私は確実に
やばい!怒ってる
だった。
子どもを置いて、毎週毎週家を空け、
帰りも遅いなんて何て母親なんだと思われたと
勝手に妄想を繰り広げたと思う。
でも昨日の私は、それを選択しなかった。
こんな事で怒ったりしないはず。
パパ君なんていつだって自由じゃないか。
罪悪感を感じてるとそう思ってしまうのか。
なら罪悪感もいらないんだ、きっと。
冷静に考えられたのは
ちょうどそういう話をしていたから。
そして今日の朝。
私が家を出る頃に起きてきたパパ君。
「昨日楽しすぎて、話が弾み過ぎて。そしたら日にち変わってたー!心配しちゃった?」
って笑って聞いたら
「全然いいんだけど、心配したわー」
って笑ってた。
おおお。成長してるじゃないか私。
ごめんねって言わなかった!
Uなんて、今までは夜私がいなかったら
翌日の朝1番で必ず
「昨日ママいなくて泣いちゃったんだから!」
って言っていたのに、
今日はいつもの朝と変わらず
いってらっしゃい〜とTVに釘付けだった。
あのセリフは私の罪悪感が言わせていたのね
と気づいたよ。
私が心配していた事。
私が自由にしてしまったら、
パパ君に見放されるような気がしていた。
私が自分を優先するという事は、
家族を犠牲にする事のように思っていた。
家族に寂しい思いをさせてしまうかもと。
でもそれはやっぱり私の問題だった。
今までそれを聞いていたのに、
なんかこれだけはそうじゃない気がして。
家族を犠牲にしてまで私は自分を優先していいのだろうかって思っていたけれど、
誰も犠牲になんてならない世界もあるんだ!
と何だかガッテンできた。
何を恐れていたのか。
私がそう見ていただけで
私が見たいように世界が見えるだけなんだ。
今回の事で腑に落ちた。
そして思う事。
父親だって心配してただけなんだ。
父親の常識の枠から飛び出す私の事が理解できずにいただけで、ただ他の人より少しだけ怒りの沸点が低く、人より大きな声をあげていただけ。
父親に怒られないように
隠れてコソコソ朝帰りしていた事を
そして翌日怒鳴られて恐怖だった経験を
今パパ君を使ってやり直しているみたい。
それでも大丈夫だった。私は愛されていると。
その確認をしているみたい。
面倒くさいな私。