てるマスで課せられた大きな宿題。


自分の人生観を答えるような37の質問。

1番聞きにくい人に。

私の相手は父親だ。


昨日この宿題をやるためにいざ実家へ。


自分で新しく作った用紙を手に、両親に聞きたい事があるのって始めた。

「何だ、何かの研究か?」「統計でもとっているのか?」笑いながら父は嬉しそうに質問に答えてくれた。

「なぜって難しい事聞くなぁー」ってニコニコ


悩みながら、このままでは今日中に終わらないと言い出し、途中から紙を取り上げて、父も母もそれぞれが、自分で回答を書き出す。

漢字がわからないと、辞書を片手に、2時間もかけて。

真面目か。


想像通りの答え。

真面目で、硬くて、重い。

あの頃の感覚が蘇ってきた。ああ、私はこの価値観の中で育てられたんだなぁって。


当の本人は、やり切ってなんだか清々しい顔をしている。ドヤ顔だ。


自分の嫌いなところ

→大きな声で自分の意見を主張する事


それ、本当やだったって言ってみた。

笑ってた。


凝り固まった価値観の中で、誰よりも生きにくさを感じていたのは父親だったと思う。親友と呼べる人がいなくて人付き合いが苦手。


思っていた通りだった。父の嫌な面を見たくなかった。父の寂しさを感じた。だから聞きたくなかった。





そう思っていたけれど、

でも、1日たって、改めて回答を読み返したら、

それは違うのかなって思った。


別に嫌に思う必要なんてなかった。

父親ってこういう人だったじゃん。って。

再認識しただけの事。

自分の価値観の枠の中に入れたがるのは、当たり前だ。私もそうだった。

それに、今は地元の消防団に入って楽しそうにやっている。


この前てるマス教室である人に言われた。

「そんな父親だったから、私達はてるマスで出会えたんだよ」って。


私にはそんな発想はなかった。その時も実はあまりピンときてなかった。でも今日腑に落ちた。

無駄なことなんて何もない。

点がいつか線に繋がるんだ。


私もそうやって物事を捉えられるような人になりたい。思考グセを変えれば幸せになれる爆笑



父がいたから今の私がある。

父親のようにはならない。父は父。

私は私の人生を歩いてもいいんだ。


自分の性格を父親のせいにしていたけれど、今の生き方を選んでいるのは私。

何をするにも父親の顔色を伺って、ぜーんぶ人のせいにしていた事にも気がつけたデレデレ


あー苦しかった!!よく頑張った!