自分の価値観が全てではない。


子どもの頃を思い出すと、

私はガチャガチャとかやった事がない。


ダメと言われた記憶もないけれど

多分やらない方が父親の正解だろうと

子どもながらに選択したのだと思う。


そして、今私が親となり。


子どもはガチャガチャをやたらやりたがる。

たまにやらせてあげる。

そしたら、最近クレーンゲームをやりたいと

言い出して聞かない。


私はそこになんだか抵抗がある。

・どうせすぐ、がらくたになる

・子どものやりたいを毎回叶えてたら

 ワガママな子になるような気がする

・1回やったら毎回やることになりそう

・お金がもったいない

・ゲームセンターとかいいイメージがない



全部私の勝手な価値観。



その一方で、

子どもがやりたい事はやらせたいです!

とか言ってる私。


子どもがやりたい事はやらせたいとは

子どもがやりたい事のなかで、

私が許可したものだけをやらせたい

ためになると私が思うものだけをやらせたい

という親の身勝手な都合だったりする。



こういう時。

迷った時にいつも思い出すてる先生の話。


受験生の息子さんにせがまれてNetflixを

契約した話。

映画を見続けて受験勉強しなくなる事も頭をよぎったけれど、たくさん映画を見た事がきっかけで、映像関係の学校に行く事を決めたという話。



物事を一方向から見てダメと決めつける事が

どれだけ子どもの可能性を狭めているのか。

どうなるかなんてわからないし

何がきっかけになるかもわからない。



自分の常識を崩す。やった事ない事をやる。

コレ↑

てるマスの基本ですから💡



という事で、口出しをしないと心に決め、

お年玉を握りしめ、いざゲームコーナーへ。



子どもは目をキラキラさせている。

そして、全然取れやしない。

こうやって、餌食にされていくのか!

相手の思う壺じゃないか。

これが最後だよと言ったのに。

また100円投入してる。あー。

段々とイライラしている私。

たかがクレーンゲーム。

しかも、子どものお年玉なのに。


でも私は、周りには子どもと楽しそうに

遊んでいる家族がたくさんいる事に驚いた。


この中で私だけがイライラしている。

みんなには当たり前の世界のようだ。

知らないお父さんが、ピカチュウ相手に

もうかなりの金額を使い込んでいる。。。



本当は私もやりたかったのかな。

勝手に良くないイメージを持ったのは何故?

私の中のクロちゃんに聞いてみる。


もったいないの基準はなんなんだろうか。

払ったお金の対価は

小さな景品の価値じゃない。ワクワクドキドキする楽しさの値段なんだろう。

そういう使い方、

今までの私にはできなかったもんね。



決まった枠の中で生きてきた私だから

こんな事がこれから沢山あるんだろうな。


どんな事も、

それをどう捉えて意味づけするのかは、

子どもが決める事。私には決められない。


ワクワクして、でもうまくできなくて

悔しくて、何度もやって、

やっと手に入れたガラクタ 笑



たくさんの事を考えさせられた。

良い経験ができた♡と思う事にする。


やる時の我が家のルールを決めるぞー!

子どもと一緒に成長中ニヤニヤ