リブログ記事生きる意味を考える。
共感する意味で、引用させてもらいます。私も今まで2回、代わりに死にたいと思ったから。弱音を吐いて、ごめんなさい。若干愚痴なので、お嫌いな方は戻ってください!!!以下は自分のための備忘録です。それくらい、生きていてほしい人たちがいました。私が生きるよりも、意味がある人たち。私が今生きている事には、意味がある。そう思うことでしか、今を前向きに生きることができなかった。忘れようとしても、忘れられない。事故で亡くなった叔母は、数少ない理解者だったから。犯人が憎いんじゃない。許しもしない。なんで?の答えが今も出ない。大切な人の命を奪った人は今も生きてて、私の大切な思い出さえ消した。不公平だと思った。覚えていたら、自分がしんどいから思い出せない。理屈ではわかっていても、当時の私を支えてくれた存在。そんな簡単に忘れるもの?思い出せる日は来る?この手の体調不良は、年々、反動が大きくなって困る。ここ数年は日常生活に支障が出る。何も手に付かないし、生きてる実感も薄れる。何のために今生きてる?こんな自問自答をする為に行き続けてるのかな。4年前に亡くなった叔父。親族はみんな否定してくれたけど、叔父が倒れた原因の一つは自分。まとまりかけた縁談を断った。叔父や親族に迷惑をかけ、年末に叔父は緊急入院した。「無理に結婚する事は無い。」当時そう言ってくれたのは、叔父だけだった。気難しい人だったけど、思いやりのある人だった。約一年間の闘病生活で、変わり果てていく叔父の姿。亡くなる一週間前、実母である祖母と対面した時の祖母の姿が忘れられない。自分が代われるものなら、私の変わりに生きてほしかった。母も祖母もみんな、その方が今より幸せだったと思う。メンタルが弱ってたり、遺族のコメントを見たりすると、スイッチ入っちゃう。4年前に突然思いついた曲を形にするまで、私は死ねない。その曲を完成させた先に、私の未来があるような気がするから。