先日母の二十三回忌を無事終えました。
そんなにも経つのか…と改めて思いました
そして、母亡き後もずっと大きな柱で
心の拠り所で強くあり続けてくれてる父にも
改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。
母と父の喧嘩は一度も見たことがありません。
まさに同志でした。色々な事があったろうに
いつも二人前を向いていました。
正にいつも明るい我が家✴︎よく笑う
人がよく集う家でした。
母は父をとても尊敬していました。
太陽の様な明るい人(何人かの友達に言われて気づいた!)なのに少しの漣にも気づく様なとても繊細な人でした。そしていつも中立。
本当に優しく心が澄んだ人でした。
また姉御肌で色んな相談にも乗ってる様でした。誰にでも態度が一緒、愛されていました。
母が亡くなってから暫く経ってのこと、
死を後から知ったという通り道の畑
のおばあちゃんや、文房具屋のおばあちゃんがお線香を上げに来てくれてびっくりしました。
畑のおばあちゃんは一人で来て、
畑仕事をしていると通りがかりに「おばさ〜ん」といつも元気に声を掛けてくれた、それが嬉しくてね…」と教えてくれました。
文房具屋さんのおばあちゃんは足が不自由だけど、
どうしてもお珠ちゃんとこに来たくてね…と
娘さんに頼んで車で一緒に来てくれました。
いつも「私は珠江ちゃんが大好きでねぇ…本当に明るい笑顔でねぇ〜」と。
そう言えばこちらのおばあちゃん、
母の事が大好きで私が子供の頃、「珠江ちゃんの子?お金はいつでもいいよ*」と何度か言われたことを姉に話すと、姉も全く同じ経験をしていました。
つらつらと思い出話しが繋がってしまうので、
この辺で終わりますが、この日、母がデザインし、機械編みをしたセーターを着ました。
母が若かりし頃の服です。
私には少し小さいですがデザインが好み。
そして純毛はやはり暖かいです。
母の若い頃の服、殆どが自作。
スーツも着物も自作。
発色やデザイン…私好みのものも沢山あったのでとっておけばよかったと本当に思います。
そして、母は「質」というものををとても大事にしていました✴︎見てない部分においても。
亡くなった後に自慢されてもねぇとお空の上で笑っているかもしれません。

