今からおよそ45年程前のイギリスの思い出。私の暮らしたサセックスでは春になると黄色いラッパスイセンがそこらかしこに咲いた。
ダッファディルと呼ばれていたと思う
当時の私はイギリスに居ながらもイギリス人の友達がいなかった。美術学校でイギリス人の中にいても彼等の雑談についていかれない。
誰かと二人で会話している時は親切にゆっくり話してくれるからよいがそこに英国人が混ざって喋り出すと私にはもう皆が何を話しているのかサッパリ分からなかった。
そんな私の息抜きはフラットと呼ばれるアパートで黙々とレース編みをする事だった
始めるにあたってまずは道具を用意せねば。
日本からレース編みの本を持ってきていたのでレース糸と編み針を買いに町の小さな手芸用品店に行くが…。店員さんに発音が通じないだろうなと気後れするも図案の本を持って行き見せれば何とかなるだろうと意を決してお店のドアを開けた。
狭い店の奥に40代とおぼしき女性がいて一目見たとたんにこの人は安心だと感じた
非常に物静かで地味な人だが落ち着いた瞳をしていた。
私がおずおずとレース編みの本を広げて図案を見せながら
「これを編みたいのですが」と言うと興味津々に図案に見いりやがてにっこり笑ってコットンクロセね、とかそんな事を言うとレース糸と編み棒を出してくれた。
それからも度々店に通ううちに何となく気心が通じるようになってきた。ある日お礼を言って店を出ようとすると待って私も休憩するからお茶を飲みましょうとカフェに誘ってくれた。
びっくりだ。
カフェと言っても小さな町で当時はスコーンとビクトリアケーキしかない。せいぜいがアップルパイ。ジャムやクリーム入りドーナツか。日本風ケーキはレストランのデザートで食べるかフランスかロンドンまで行かなければ食べられなかった。
しかし、70年代の日本ではまだスコーン等が一般的ではなく珍しかったので私はイギリス風お茶屋さんが好きだった
その時はなにを食べたか忘れてしまったが彼女は落ち着いた話し方で自分が作った服の話やテクニック等を教えてくれた。言葉は難しかったが彼女自身が私とのお茶を楽しんでくれているのが伝わってきてとても嬉しかった
道で会うと小さく手を振ってくれたり!
もしかしてついに英国人の友達ができたの?
私にも?
と夫に報告
二人でしみじみした
ある日、やはりその女性と二人で歩いていると
『イェーガー』という服のブランド店の前に出た
彼女はああ、イェーガーねと私の視線を追って言った
たちまち暗い顔になり
イェーガーは怖いと言う
何がだろう
イェーガーに私の姉が勤めていたけどね
恐ろしく悩まされた挙げ句精神を病んでしまったと言う
えっ!
私の聞き間違い?
でも聞き直してもう一度言ってもらうのも気が引ける
英語力が高ければ何か気のきいたことを言えただろうがただ黙って一緒にタウンホールまで行きそこで別れた。
彼女は今頃80歳、
何をしているだろう
Googleアースで手芸品店のあった辺りを見たがすっかり変わってしまいオシャレな店が並んでいる。
春になるとダッファディルと彼女を思い出す