三丁目の夕日観てきた!

前評判はかなりよかったのだけれども、ここまですてきな映画だとは思わなかった。

時代が変わっても、変わらないものがある。

それは、有形なものじゃなくて無形なもの。
目に見えないんだよなぁ。

大好きな本の、大好きな一節を思い出す。

例え物理的に離れていても、つながっているもの。
それが絆って言うんだなって、改めてこの映画を見て思った。
ひとりじゃなくって、たくさんの人とつながっている。
離れてても、繋がってる。
だから、前に進みたい。

ひとつ、心に残った映画の中の言葉。森山未來くんが演じるお医者さん。
"お金持ちにならなくてもいい。ひとりでも多くの人に安心が届けられれば。"
いまさらながら、やっぱり、生まれ変わったら、医者になりたいな、と思った。
来世ではもっと学生のとき勉強しよう笑。






iPhoneからの投稿

「いただきます」

は、「他のもののいのちをいただくこと」。
そのことは、昔から知っていたけれど。

でも、近しい人が亡くなった経験もなければ、
まだ、あたらしい命も授かったことがない私には、
「いのち」がどういうものなのか、漠然と、なんとなくしかわかってなかった。

友達から、鳥を狩りに行かない?とのお誘い。
すごくショックを受けるだろうけど、絶対に大切な経験になるっておもったので、
行くことにした。

結果、
すごーく、すごく貴重な体験だったから、
鮮明に記憶に残っている間に、文章として残しておこうっておもった。

もし、どなたかがいまこれを読んでくださっていたら、
ほんとうまくない文章だけれど、少しでもこの経験を共有できたらな、と思います。

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朝5:30起床。
車に乗っけてもらって、茨城へ。

1時間半ごに到着。

物資は、こちら。笑

目的地にて、本日のターゲットを発見。

しかも、捕獲する方法は、まさしく「手づかみ」笑

20分くらい食パンでおびき寄せたりして、タイミングを見たけど、
まぁ当たり前のごとく自分では取れず笑
しかも鴨ではなくガチョウをのぶやくんが捕ってくれました。



あんまり鳴かなくて。
でも、人間が「ふんっふんっ」っていってるみたいな鳴き声だった。

触ったら、ふわふわしてた。
ぶちゃいくで、かわいい鳥だった。



捕獲した時に、脚と羽をひもで縛っておいたんだけど、
鳥って、羽を縛るとすごくおとなしくなるんだって。

この彼(彼女?)も、驚くくらいおとなしくしてた。


そのあと、知り合いの方の山に移動。


これから、絞めることになります。

作業として、まず、穴を掘る。

そこに、最終的に今回食べない部分(頭とか羽根とか)を埋めるから。
そして、その穴のところで、首の部分を切る。

いつもの私なら、多分目をそむけてた。
でも、今回はそむけちゃいけないなって思った。
いのちが終わる瞬間に、きちんと立ち会うことが、
私にできる最大のことだと思ったから。


切り口から、勢いよく血が飛び出してきた。
私が想像した以上に赤く、きれいな色をしていた。

数分して、血の流れが止まった。
さっきまで赤かった鳥の顔は、青っぽい赤に変わってた。

あぁ、いのちが消えたんだなーって思いが、
頭のなかをぐるぐるぐるぐるまわってた。
 
気づいたら目から、汗なのか。涙なのか。
よくわかんない気持ちで、心がいっぱいすぎて、
目から自然に出てくるものがあった。


そのあとは逆さに木につるして20分くらい血抜きをする。
山の中をみんなでお散歩。

戻ってきて、捌きます。


まだ、死んだばっかりだったから、雑菌もいなくて新鮮でということで、

内臓を取り出して、切ってそのままいただきました。


リアルに取り出したばかりだから、まだあたたかかった。
ハツをそのまま食べたとき、
すごい鉄の味がして。

「いのちをいただいた」
その強烈な思いが、全身をかけめぐった。

さっきまで、もふもふしてた鳥が、いま私の一部になってる。
この感覚は、一生忘れない。

「ごめんね」じゃなくて、
「ありがとう」
って思いたいなーって強く感じた。

それにしても、めちゃめちゃ新鮮なレバーは、
ものすごく、おいしかった。



さてさて、捌き続けていると、
だんだん、いつも見ている鶏肉になってくる。





地元のおじさんたちがちょうど畑をたがやすところだったから、
そのお手伝いでひとしごと。
軽く汗をかく。

そのあと、
焼き芋を、たき火で焼いて。
木に登って取ったみかんをその場で食べて。
どんだけ最近自然にかえってるんだろ私。笑

おじちゃんたちとわいわいしているうちに、
お昼にお呼ばれしたので、
そのメニューの一つとしてさきほどの鶏肉をソテーにしていただきました。



原田くんが焼いてくれました。
おいしかったー。
ありがとう!


そのあとのんびりしつつ東京に夕方戻りました。

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私たちのいのちは、たくさんのいのちのおかげで、できていて。
お肉としていただけるのも、
そのいのちが終わったから食べられるわけで。
さらに、そのために誰かがそのいのちを終わらせる作業をしてくれているからで。
そのことを忘れちゃいけないなーって改めて思った。


だから、
まだ全然いただけるのに、賞味期限が1分でも過ぎてしまったら、
その血肉は「価値がない」ものとして、お店の売り物としては置いておけなくて、
最終的に廃棄の対象になるこの世の中ってものすごく悲しい。

いのちは有限なもので、私も例外ではない。
だから、一日一日を大切に生きたいって思うし、
これまで、捧げてくれたたくさんのいのちのためにも、
これから、捧げてくれるたくさんのいのちのためにも
自分のためだけじゃなくって、
まわりのみんなのために生きたいって思う。




いつか、自分にこどもができたとき、
タイミングはいつがいいのかよくわからないけど、
「いただきます」
の、真の意味をこうやって知ってほしいなって思った。

そのほうが、ごはんをしていてそのありがたさがわかるから。


のぶやくん、ともちゃん、ごとうさん、れいらちゃん、原田くんをはじめとする、みなさま
本当にありがとうございました。

人生のなかで本当に貴重な経験をさせてもらえたなと思います。 
ひとりだったら、ちびりすぎて、到底無理でした。はい。




それにしても、こんな偉そうなこといいながら、
案の定あれから食欲があまりない私は、
やっぱり、まだまだこどもで甘いなーと痛感。

明日、仕事帰りに焼き鳥買ってかえろ。

RIP