パニック発作が初めて出たのは忘れもしない2019年9月12日、地下鉄の電車の中。
急に動悸がして息苦しくなり、これはヤバいとすぐ下車。
旦那さんに電話してヤバいと伝えると駅長室に行けと言われ、そのままヘロヘロしながら駅長室へ。そこで救急車呼んでもらった。
その日はお昼ご飯を満腹食べ、昼からの出張に出かける予定だった。
思い起こせば、その年の4月から、第三子出産後一年半ぶりに職場復帰し、熱い熱い夏も過ぎて疲れが溜まってた。
仕事内容も苦情対応というストレスの多いものだったし、動悸、期外収縮、8月末くらいからの異臭症などなど不安感もずっと感じてた。
当時小5だった長女の受験への不安もあり本当にいっぱいいっぱいだったとおもう。
救急車の中では意識朦朧としながらも旦那さんの電話番号とか保険証の場所とか答えれたのは覚えてる。救急隊も、あ、これは過呼吸だなってすぐわかってんじゃないかな。
そこから、心臓のもろもろの検査、頭部MRIなど異常なし。それでも、心臓への不安感は消えない。
心臓への不安感は、思い起こせば小学生の頃に遡る。当時から頻脈と言われてホルター心電図などとったりしてたなぁ。内科検診でも、脈が早いと言われたり。でも結局は、異常なしで普通に運動して普通に3人出産した。
私のパニック症は心臓過敏症から来てるのだろうか。
その後苦情対応という仕事に体が持つ気がしなくて、半年後に退職。
小6になった長女の受験生としての生活を支えながら、主人の仕事を手伝いつつ、たまにデパス飲む時はあっても小康状態を保ててた。
受験が終わるまでは、気が張ってたから寝るのが遅い日々が続いてたけどまだ大丈夫だったのかな?
晴れて受験が終わると、合格してホッとしたはずなのに、またパニック症が出だす。
デパスを飲む回数も増えて、病院に行く回数も増えた。循環器と脳神経外科の先生はデパス飲んでも良いと言うけれど、心療内科の先生はなるべく飲まないでと言う。
コロナ禍と関係もしているのかな。
両親とうまく話せないことも関係しているのかな。
何事も中途半端な自分へのモヤモヤも関係しているのかな。
何かをやり切ったって、感じた事がここ何十年も無いってのがコンプレックス。
なんか色々心の中でモヤモヤしてるな。
パニック発症の経緯から最後はちょっとズレちゃいましたが![]()