消費税10%後の日本経済

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この本に関して考察しよう思う。以前MMTに関して批判していた安達誠司氏の著作である。今回も例のごとくアマゾンKindleの読み放題で読めるから読んだのであるが、よい指摘よい主張がある一方、エコノミストがどのように誤りに陥るのか、そのパターンを理解するためになかなか役に立った。

安達氏は証券会社のエコノミストである。現実のデータに基いて考察している。その方針に関しては評価できるが、その考察の手段として、経済学における様々な理論を当てはめることをおこなっている。その当てはめ方は、何故そのような理論が成り立つのか検証した様子はなく、どのような機序でそれがおこっているか考えている様子もない。マスコミに騙されずに自分の頭で考える一助になるように書いたと言っているが、よく見かける経済学者やエコノミストのプロパガンダをそのまま鵜呑みにしている部分も多い。

手前味噌であるが、人間の体も複雑である点において経済と似たようなところがある。例えば同じ薬を投与しても、同じような反応を示すとは限らない。そこで個々の症例に対応するために医学においては、解剖学、生化学、生理学、病理学、薬理学....等ミクロでの事実を積み上げて、どのような構造になっていて、どのような機序で現象がおこっているかモデルを作って対応する。重要な因子の見逃し、合成の誤謬等があるといけないので、さらには全体で検証もおこないエビデンスを積み重ねることをおこなっている。当然、相関関係なのか因果関係なのか、どちらが原因でどちらが結果かなどは大変重要なポイントだ。そのようにしてモデルを作って、初めて何とか実用に耐えうるのである。

安達氏は、MMTについて述べているが、『物価水準全体の決定メカニズムがあやふやな点』が問題であるとしている。その一方、主流派経済学のフィリップス曲線を明快な物価決定メカニズムとして評価している。

しかしフィリップス曲線は評価の対象になるようなモデルではない。そのメカニズムは、実証されていない主張を繋ぎ合わせたものであり、何も説明していないのと変わらない。フィリップス曲線がある程度市民権を得ていること自体、そのメカニズムの説明などどうでもいいかのような経済学の悪しき思想故である。

安達氏はMMTにおいて『物価は、賃金水準によって決まる』との話があり、だからJGPが必須で、政府がJGPをおこなったことによる最低賃金により物価が決められるとしているが、これは曲解以外の何ものでもないだろう。JGPはMMTが出している政策案の一つに過ぎない（事実関係からMMTを批判することが出来ないため、JGPが批判されることがある。厳格なJGPにはかなり議論の余地があるが、それに似た政策なら日本でもおこなわれ成果をあげていた事実がある）。賃金水準によって物価が決まるという話は、賃金が上がらなければより高いものは買えないという極めて当然のことを言っているのに過ぎない。貨幣数量説（説自体は間違った部分もある）の実証研究が示してきた事実もそれを裏付けている。言うまでもなく、JGPで決められる最低賃金で物価が決まるのではない。

もっとも問題な誤りは、消費性向の扱いだろう。それは消費税を扱った章によく表れている。

安達氏の消費税導入理由に対する批判は全くもって正しいし、消費税の諸問題の内容も適切であり、消費税の悪影響は駆け込み需要の反動（経済は自然に均衡するもので、そこに若干の変動があるだけという主流派経済学の誤った信仰から導き出された暴論）などではなく、『後からじわじわと襲ってくる』という判断も正しい（これらの部分はすごくよい）。ところが消費税が何故景気に悪影響を与えるかという点では、かなりおかしいことを書いているのである。

『消費税率の引き上げは小売価格（消費者物価）の上昇を通じて実質の可処分所得を押し下げる』から、多くの論者が可処分所得の現象によって消費支出が減少し消費が低迷するという議論をしていると安達氏は書いている。しかしこれは二重に間違った主張だ。一つは、多くの論者は消費税後に国民の収入自体が落ち込む（現実に起こっている）ため可処分所得が低下すると言っているんであって、消費税による直接的な物価上昇効果のことを言っているわけではない。そして、もちろんもう一つは国民の収入を落ち込ませる効果に関して気がついていないことである。何故このような間違いをおかすかといえば、経済全体の構造を考えずに、ミクロの個人に注目しそれをそのまま全体に拡大しても成り立つかのように考えているからだと思われる。すなわち、前述したように正しくモデルを作って考えずに、知識（力学の法則のような厳密さはない）を場当たり的に当てはめているだけだからということである。

国民の収入自体の落ち込みが何故起きるか説明しておけば、消費税は個人がモノを買う場合たかだか数％の負担増にすぎないが、それを売る人間の収入にも影響し、さらにそれが循環するために、全体としては大きな影響になるということなのである。いつものシェーマを出しておこう。

消費税はこの取り引きの度にお金を政府に吸い上げているのである（政府は実体経済にある程度吸い上げたお金を戻すけれど、戻るまでに結構な時間がかかるため需要を抑制する）。これを理解すれば、消費税の永続的な悪影響を理解できるであろう（金利の変動で景気が変化することも理解できるはずだ）。消費税によって企業は売り上げを減らし、国民は収入を減らすのだ。

安達氏は消費税を個人の買い物レベルの話に過小評価しているため（消費増税分程度の補助があればプラスになるといった間違った主張もしている）、消費の落ち込みに関して現実と合わない。そこでそれを説明するために持ちだしているのが、消費性向である。しかし消費性向は、合成の誤謬と常に隣り合わせである。

消費性向を調べるために家計調査が使われている。例えば、毎月の家計収支の結果は二人以上の世帯を調べたもので、全国の3分の1以上を占める単身世帯の結果は含まれていない。消費の多くをそれらの世帯がおこなっているため、総額を割り出すためには利用できるが、総額をGDPで割ってだした平均で、家計のモデルとして考察するのは不適切だと容易に想像付くだろう。（可処分所得が増えているという安達氏の主張は、上がっているという事実はデータの取り方の問題があることが指摘されている）

そして、お金はモノを買っても消えることはなく、全体として負債と貯蓄は常に一致するものである。すなわちマクロで見た場合、その貯蓄の総額は、政府や企業がどれだけ負債を負ったかということで決定されるものであり、個人の性向は関係がない。もちろん性向が変化することにより、お金の流通速度が変化し分母である総生産が変化することもありうるだろうが、総生産量はわずかな減少でも大騒ぎするほど安定している（流通速度の大きな変化は実証上ほとんど見られない）。

誰かがより貯めることが、別の誰かの収入を減少させるという相互関係を加味して考えることは必須と言えよう。

個々人の消費性向の違いによって直接的にマクロ経済に大きな影響がでるというは誤解である。例えばリカードの等価定理などという名前で、それを前提にした話があたかも現実であるかのように教えられているので、多くの人が間違って信じ込んでいる（そもそも直接測定できないものをパラメーターとして採用することは危険だ）。

安達氏も、『目先の景気対策としての消費減税であれば、逆に将来、さらなる大幅増税の懸念が高まるだけであり、やはり消費性向は低下する』だとか、『来るべき増税時代に備え、貯蓄を増強する動きが強まった』などと、まるで信じてこんでいるようである。

マクロにおける消費性向の値は、金融負債の総量と、生産の総量、経済の構造の結果であり、国民の性向が変わらなくても大きく変化しうる。当然、その値が大きく変化しても、国民の性向が変わったということはできない。

生活に追われずに、自由に貯蓄を変化させられる国民は、ごく一部だろう。そして社会全体のために性向を変化させて欲しい富裕層に関して言えば、貯めれば貯めるだけさらに立場的に有利になる状況が続いているのに、それを変化させることなどありえないだろう。内部留保を貯めている企業もしかりである。

MMTを理解している人間がこの本を読めば、安達氏のお金に対する理解が、旧態依然の間違ったものであり、そこから離れられない様子が分かるだろう。しかしお金とは何か正しく理解できなければ、整合性のあるモデルなど作りえないのである。エコノミストはその職歴のあだになってかえってそこに進めないようにも思える。そこを切り替えるだけで、目の前が明るくなるのに、まことにもったいないと思えるのである。

消費税１０％後の日本経済