出産を終えた後
私は分娩室に残り絶対安静。
疲労困憊状態の旦那はんと一緒に
放心状態(°_°)
もはや意識もありませんでした。
朝7時くらいに旦那はん一時帰宅、
でも私は9時近くまで歩行も許されず
そのまま言われるがまま絶対安静。
分娩室で朝食を摂ることに。
わたし、出産舐めてました。
普通に御飯くらい食えると思ってました。
出産って想像以上に体力使うとは
聞いておりましたが。
(なんでも富士登山を1往復プラス片道行くぐらいの体力消耗らしいです)
食事うんぬんの前に
全然動かないの、體が。笑
手が震えて箸もちゃんと持てないし
器も湯のみもが重くて持てない。
何これー!?
ひじきや小松菜など
無条件に鉄分とれメニューでしたが
胸焼けみたいなのがあって
全然食べられないし(´・_・`)
自分の體が自分の意思で動かせなくて
膝も立てられない、腰も動かせない、
しまいには小便さえ出来ない。
これ、本当に驚きました。
30年間おしっこ歴ありますけど
自分がおしっこしたいかしたくないかさえ
認識できない感覚は初めてでした。
「おしっこ自力で出来るー?」
バカにしてんのかと思いましたが
これ本当に出来なかったんです。
どうやって出してたんだっけ?あれ?
力入れるとこは?、みたいな。
自力で出ず、トイレ連れていってもらっても出し方が分からず、
結局、管を入れて出してもらうことに。
スッキリした感覚も無いので
「出ました?」って聞いたくらい。
結構溜まっていたらしいです。笑
本当に大袈裟でなく
体力の限界を越えていたらしい。
自力でおしっこ出来るまでは病室にも戻れず
ナースステーション前の陣痛室で
また絶対安静(´・_・`)
もう出産終えたのに。笑
お昼前に起きてやっとおしっこ出来て
病室に行けました。自力歩行で。
足がガクガクいってましたけど。
しばらくして旦那はんが
「今日は出産で疲れてるからくんなって言ってんのに来るって聞かない。マジでゴメン」
と言う言葉とともに義父と来院。笑
もう何でもいいよ。笑
マジで何も出来ないけど。
そしたらうちの母親も来院。
しばし談笑して新生児室へ。
義父、孫フィーバーになってました。
ニヤニヤが止まらん。
女の子可愛いな、自分の子より可愛いなって
自分の子の前で言ってました。笑
旦那はん、爆笑。
後でちょっと聞いたら
義父が少し涙ぐんでたようです。
後で抱っこもさせてあげよっと。
病室に戻り、旦那はんと2人で
親バカっぷりを発揮してみたり
談笑してみたり、それぞれ寝たりして
夕方、2回目の新生児室訪問。
初めて産後に自力で千晴を抱っこしたら
涙が止まりませんでした。
私をじっと見つめ
母だと認識してくれたのか
ぎこちない抱っこにも嫌がらず
身を任せてくれた千晴。
よく頑張って産まれてくれました。
母親にしてくれてありがとう。
小さい體で戦ってくれてありがとう。
ずっと涙が止まりませんでした。
やっと自分が母親と
自覚した瞬間だったのかも知れません。
3月6日は長い1日でした。
千晴に会えた日
母親になった日
何だか凄い1日でした。
書き留めておこうと思う。
あの壮絶な現場と千晴の凄さを。
おしるしが来て経過観察の為に入院した夜
なかなか縮まらない陣痛の感覚に
プレッシャーを感じながら
必死にいきみ逃しをしてました。
確実に陣痛は痛みを増してるのに
子宮口が開いてないし
ってことはお産までまだまだかと
絶望的な気持ちになってました。
『ちぃ、出てきていいよ』
『ちぃ、もう出てきちゃいな。ママ会いたいよ』
そんなことを口にしていたら
まさかの破水。
急遽、陣痛室を経験する前に
分娩室へ直行となりました。
ここからが壮絶。
何したって痛い。
ベッドにしがみついたって
旦那はんの腕を握ったって
腰をさすって貰ったって
深呼吸って何だよ!!?ってくらい
逃しようのない激しい痛み。
今まで痛いって口に出していた感覚のものって一体何だったの?
っていうくらい想像を絶するものでした。
息を止めたら千晴に酸素がいかないから
心拍数が下がらないように
深呼吸して陣痛を乗り越えなきゃいけない。
正直、今まで経験したことのない激痛に
呼吸なんて整えてる余裕なんて
微塵もありませんでした。
「呼吸が早い!深呼吸だよ!」
「赤ちゃんも苦しいよ」
「みんな痛いの分かってるから」
深呼吸って何だよー!?
イテェっつってんだろうが!!
とまさかの絶叫。
何度何回叫んだか分かりません。
真夜中に。笑
(病院関係者の皆様、ご入院中の方々、マジであの日うるさくしてすいませんでした)
当初は千晴を想って、リードしてやらねばと
ママは大丈夫だから、
ちぃ、出ておいでって思いながら
いきみ逃しをしてましたが
もう自分の痛みとしか向き合えず
「ちぃ、助けて」
本当にそう口にしてました。
そしたら大量破水。
絶叫と共にどんどん出てくる羊水。
いきみ逃しなんて出来てない状態。
もはやカオス。
理性もなく猛獣と化している私を見て
旦那はんが半泣きしながら
「もう(帝王切開で)切っちゃダメですか」
と助産師さんに訴えてくれ、子宮口確認。
(でもそれ、もっと早く聞いて欲しかったってくらい痛み耐性は限界を越えていた)
「下からお産で行けます」
「お産準備して」
淡々と言われたんだけど
切ってもらえないの?
まだこんな痛いのに耐えなきゃいけないの?
「この山は越えよう」
「もうちょっとだから頑張ろう」
勝手なこと言ってんじゃねぇっ!
こちとらもうとっくに山は越えてんだと。
無理だっっつってんだろ!
旦那を叩きました。
助産師さんの腕を握り潰そうとしました。
暴言も吐いたと思います。
(マジですいませんでした)
私の中の猛獣が手をつけられなくなった頃
何名か追加されたスタッフの皆様に
ほぼ羽交い締めにされ、お産。
もはや冷静さなど持ち合わせていない
限界を越えた人間に対して
深呼吸して力いっぱいいきめ、と。
無茶を言いよる。笑
体力なんてあるわけない。
プルプル震える手足でいきんでも
下まで伝わってこないと文句を言われ
渾身の一撃を加えても
まだ足りない、いきめと言われ
絶望的な気持ちになりました。
勝手な母親を見てかしらずか
千晴の頭はもうそこまで見えてるのに。
必死に頑張ってくれてるのに。
「〇〇(私)さん、吸引するから」
結局、人の助けを借りて
色んな人に迷惑をかけて
ちぃにまで負担をかけて
無事、千晴は産声をあげてくれました。
「ママ、産まれたよ」
旦那はんが耳元で震えてたのも
現場がおめでとうを言ってるのも
なんだか映像を見せられてるかのようで
現実味がありませんでした。
後産(胎盤を出すこと)さえ
自力では出来ず先生がお腹を押してくれて
終えられた感じでした。
胎盤出たよーと言われたところで
やっと我に返った感じ。
血などを拭かれた千晴を肩に抱いても
支える力が無く、
旦那はんに頭を支えてもらいながらの対面。
出産に関して、
最初から最後まで人に支えてもらえないと
何もできない無力さをただただ感じました。
千晴に無理させてしまった。
義母が7日から施設入所だから
6日には産まれておいでーって言ってたこと
ヘタレだから産むの大変だし
あまり大きくなんなくていいよ、
なんて言ってたこと
日曜日に産まれたらいいな、
なんて言ってたこと
自分よがりで勝手な願いを
全部叶えてくれた親孝行な娘です。
辛い思いをさせてごめんね千晴。
あたし一生あなたに頭上がらないわ。
ヘタレなポンコツ母ちゃんだけど
もう何があってもあなたを守るから。
何に変えても。
3月6日、朝4時48分
予想体重より全然小さい
2600gジャストで産まれました。
旦那はんと聞き直したくらい。
こんな母ちゃんでごめんね。
こんなポンコツのところに
産まれてきてくれてありがとう。
