暖かさと寒さとの連続に、からだや感覚が麻痺してしまいそうな毎日です。

今年も桜をたくさん見ました。

おうちの近くの桜
上野公園の桜
通りがかりの道の桜
六本木の桜

どの桜も本当に綺麗で、わたしはやっぱり桜が好きなんだと自覚しました。昔からなんだか特別なの、桜って。

桜って一年に一度しか咲かない。
もっとサービス精神旺盛に何回か咲いてくれてもいいじゃない、とも思うけれど。一年に一度だからいいのよね。

今わたしが見ている桜は誰が植えたんだろう。
その人もきっと、一年に一度花開く桜に会うことを楽しみに植えたのかな。

すごいことだと思います。桜も人も。
一年に一度の為にその何倍もの時間を費やして、待ち焦がれて。
桜は美しく咲くために夏の暑さも、冬の寒さも耐え忍んであんなに美しくもこもこした花を開く。

その命の源である地球ってすごいなぁ。全部受け止めるんだもんね。
大きな木の根っこも、人間のつくったコンクリートの塊も、透き通った海の水も、排水も。
そりゃ地球だって病気になるよね。

何年後か、わたしにこどもが生まれてその子が大人になった時、健康な地球で生きて欲しいな。

震災から一年。
一年前のあの日を思うと、今でも胸がきゅう、と痛くなります。

生きることは難しい。
辛いことや悲しいことがたくさんあってたまらなくなるけど、嬉しいことや楽しいことも生きていないと感じられない。

自分の意思で生まれてきたわけではない。でも、だからこそ、生きるというのは特別な奇跡だと思います。

命をなくすということはどんなことなのだろう。年を重ねてなにもかもやり尽くして命の火が消えることもあれば、地震のように突然その火が消えることもある。それも寿命だというのかな。まだ小さい子どもでもそうなのかな。
自分の生まれ育った場所を懐かしく愛おしんで、その地を歩く。そんな当たり前のようなことができなくなるのはすごく悲しい。わたしはとても大切に思っているから。

大切なことや大切なものはお金や得られる物質でなくて、心の中に生きるものだったり、誰かと共有できる思い出。それは何かで測れるものではなく、測れないからこそ大切なのであって、尊い。

戦争でも病気でも事故でも天災でも。わたしの大切な人が悲しい思いをするのは嫌だ。それは自分が消えてしまうことよりもっと悲しいことだと思う。

地震をきっかけに、そして地震から一年ということをきっかけに、わたしはわたしにできることをしようと改めて思いました。まずはわたしの周りを幸せにしなくちゃ。

大きな力が働いて、たとえ避けられないことだとしても、どうか一人でも多くの人が救われますように。

早く暖かく安心できるような春に会いたいな。

お久しぶりのブログです。

時の流れは早いもので最後のブログから一年経過しようとしています。

つい先日、中垣雅葉さんのライブに参加させていただきました。

Gayoさんの美しい作品と箏の音、鼓緒太さんの素晴らしいアレンジとピアノ、菅野さんのチェロの豊かな響きの歌に、中道さんの刺激的なシンセサイザーの音色に

わたしは終始圧巻され、ただそこで、その音の洪水に巻き込まれていました。


どの振動もキラキラしてた。それはそれは心地良く、わたし自身音楽をやっていて良かったと心から思いました。


Gayoさんの曲はどれも素敵。
中でも今回素敵だったのは祈り。
ステージまでの階段でこっそり聴きながら思わず涙しました。


日々の中で忘れてしまうもの、忘れてしまうこと。
わたしはこの一年で成長できた部分もあれば、失ったものもたくさんあったみたいで。そんな忘れ物をひとつずつ見つけられたライブでした。

まだ拾えてはいないけど、絶対取り戻す。

あは、かっこいいこと言っちゃった(笑)


今回、ライブの中で歌のお姉さんと紹介されました。
ちがうちがう、笛のお姉さんです。(どうやら曲の中での楽器紹介MCがそれっぽかった様で…)
久々に子供たちの前で喋りました。すごく緊張したけど、なんとか乗り越えました。
子どものエネルギーってすごい。大人がどんなに努力したって勝てないものを子どもは持ってる。
大人だってかつて子どもだったはずなのにね。
日本や世界や地球を、もっともっと元気にして欲しい。

子どものために、周りのために、遠く知らない誰かのためにできること

無力だけど、無力なりに、きっとわたしにできること。
したいなぁ。