おとーさん♥
もう、15年になるんだな。
今日は、最愛のおとーさんの命日。
当時を思い出す。。。
12月の半ば大ママから連絡がありました。
父の結果は、肝臓癌で余命三ヶ月。
本人は、知ってるの?
と確認。
ドクターから本人そして、本人から聞いた様子。
言葉がでなかった。頭の中真っ白でしたね。
もちろん癌センターでは、治る見込みのない患者は、受け入れてくれません。他の病院も同じくでした。
ただ、他の病気を併発させるわけもいかず、自宅の近くに入院受け入れしていただくことに。
最後の年末年始。
お正月を過ごして、1月から入院。
最初は、元気で、我儘と文句。
私も2週間に1回土日に自宅に帰り大ママの補佐。
腹立つ時もあったなぁー(笑)
でも、それは束の間でした。
みるみるうちに痩せて、10歳以上老けました。
寂しかった。
泣きそうだった。
3月の半ば、病院から、食事ももうだしません。お薬も。
食欲が全くないのですが、点滴はいたします。と言われました。
そういう事なんだと感じました。
それから、一週間位後、点滴もやめます。
そういう事だと確信いたしました。
30日、仕事の忙しい時期ではありましたが、勇気だして休暇をもらいました。もう、、、多分。
31日、病院に。
鼻から酸素。で苦しそうな父。
でも、わたしが来た事には気づいてくれてたと信じてます。
丁度、叔母さんもお見舞いに来てくれたので、一週間の荷物を置きに自宅に戻りました。
途中の公園に咲いてる桜が、凄く綺麗だった事は忘れもしません。
何故だか、自宅から病院に戻るのが嫌で嫌でなかなか自宅からでられなかった。出ても遠回りして、公園の桜を見てた私。
とても綺麗で、
でも切なくて。
病院に戻ると、、、父の体温が下がり始めてました。看護師さんが、気持ちですが、湯たんぽを足元に置いておきますね。
怖くて怖くて仕方なかった。
涙が止まらなかった。
もう、心臓が先か?脳が先か状態。
大ママと交代で病院泊りがけ覚悟してたのですが、ドクターが来て、父の生涯が、終わりました宣告。
あっけなかった。父の最期。
でも、苦しみから解放されてよかったのかもしれません。
私は、父が大好きでした。
自分が、禁酒してても私が帰るよ~ってわかるとビールを買っててくれた。
そんな父。
頑固だったけどね。
おとーさん。
私は、貴方の娘であったこと。
を改めて感謝してます。
