アラフォー。
そろそろ、40になる。
独身、女子、実家暮らし。
彼氏なし。

昨年仕事を辞めた。
職場の人間関係は良かったけど。
給料が、少なかったから。
主婦なら、やっていけるのだろうけど。
ひとりで生きてくために、辞めた。

あては、無かった。
けれども、どうにか、次が決まった。

時給に換算したら、前とさほど変わらない。
時間が多くなった分だけ、収入は増えた。

10年後に無くなる仕事を見ながら
10年後に仕事が無くなるかもしれないけど、今は、精一杯やるだけ。

アラフォーで、再就職してみて
わたしに、期待しているのは
経験やスキルだけじゃなくて
職場を変えること

人事担当者から
「あなたが入ったから、雰囲気が丸くなった」
といわれた。
素直に、うれしい。

職業訓練を受けて
いくつもの資格をとり
はれて
卒業の日を迎えた。
たった、数ヵ月だったけど

共に、目標に向かって頑張ったクラスメイトは
戦友かな?

頑張ったうちに、入らないのかもしれないけど

私なりに頑張りました!
7年前のことを
鮮明に思い出せるのは
何度も、繰返し話してきたからだと思います。

あの日のことをたまに
職場で話をしたり、仲間とあったときに話すのです。

電気が通っていたところ
インターネットが繋がったところ
水があったところ、無かったところ
ガソリンや灯油が無くて大変だったこと
ミルクや、オムツがなくて大変だったこと
透析しなくちゃならなくて、大変だったこと

一人一人、置かれた立場で違う思いをしました。

会社が休みだったところもあれば
会社に泊まり込んだ人もいて
子どもたちだけで、親の帰りを待ち
余震に怯えていたという話も聞きました。

老人施設では、水がでなくて大変だったこと
おしりふきや、オムツがなくて、大変だったことも聞かされました。

ヘルパーさんが、自己判断で見に行ったり
近所の人が助けてあげたり
色々ありました。

原発が爆発したあとで
なんの知識もない、私たちは、マスクも帽子もしないで、川まで、水をくみにいった話も聞きました。バケツなんてないから、ゴミ箱にも、水をくんだり。
飲み水を求めて、給水車に並んだ子どもたちも多く見ました。

あのとき
知識があったら
長時間、外に出さなかったことでしょう。


311。
サトウのご飯の期限をみて
カップめんの期限をみて
ペットボトルの水の在庫を確認して

それから

今日も生きていることに感謝して

来年もまた
震災の話を書こうと、思います
毎年毎年
書いたり、話したりして
風化させないようにしたいのです。

私の感じた311を。