私は正直、知らなかった。
アフリカ大陸、エジプトの南に位置する国である。
1983年頃、北スーダン(アラブ人とムスリム)と南スーダン(キリシタンの黒人)の内戦があった。
独立政権は北スーダンが持っており、一部のアラブ人が石油・金・ダイヤモンドを支配していた。
人民を支配していたわけではないことに注目したい。人民は顧みず、一部を除く多くの人々は飢え、
食料は空から降ってくるものだと思っていた。
国連の食料にはUSAと書かれていたそうだ。ジャルはアメリカという国に憧れた。
そして、今年7月に南スーダンが独立と相成ったということを、初めて知った。
ジャルは、父親に船に詰め込まれ、エチオピアに行き、幼くして少年兵となる。その船が沈没したとき、その多くの少年が亡くなったが、ジャルは生き延びた。多くの少年の親がかけるつけ悲しみ嘆いているところに、ジャルのことは誰も迎えにきてくれなかったことが、彼の生涯の心の傷となっている。
表向きは、難民キャンプを装っていたのだが、幼いジャルは国連の関係者が来たときに少年兵の訓練につい述べようとしたところ、What do you say!という大人の声が聞こえる。その後、折檻を受けた。本当のことは言えない子ども時代であった。
人も殺した。飢えて、死にかけている友人を食べようとした。小便を飲ませろと、ライフルを向ける仲間がいる。情緒不安定だったその仲間は、自らの頭を打ち死んだ。
ライフルを持つ少年。道徳的には明らかに間違っている。
しかし、それが生きることだった。父母は守ってくれない。ライフルは自分を守ってくれる、と。
その少年を救った女性がいる。エマ。エマは自分の身を顧みず、ジャルをケニアへと密入国させる。
見つかれば、エマでさえどうなるか分からない。
エマは、ジャルを救った。
彼女は南スーダンの兵士と結婚し、15歳以下の兵士を解放し、150名の子供たちを救った。
ジャルは、その一人にすぎない。
ジャルは、半生を歌にした。ライフルを、歌に持ち替えて、訴えた。
ジャルは、ほどなくして交通事故で亡くなったエマに曲を書いている。
そして、ジャルは亡き母に、俺を見てくれと歌っている。
そして、彼のすごいところは、
北スーダンの歌手と歌を歌っていることだ。
音楽の力。私は、ウォー・チャイルドが可哀想な話だとは決して思わなかったし、
涙も出なかった。そこにあるのは、喜び。
アフリカは貧しい国とよく言われるが、豊かな国だと。
そうでなければ、こんなに世界が注目しない。彼の言葉だ。
彼は、学校を建てようとしている。その日まで、朝食・昼食を抜いて、寄付金に当てている。
HIP HOPは興味のなかった私も、彼の歌をもっと聴いてみたくなった。
ただ、100人以上入れる劇場でも、20人くらいしか入っていなかったのが、残念だった。
知るということが、どれだけ意味のあることか、知った夜だった。
追伸
この映画はヒューマン・シネマ・フェスティバルというもので、無料で観られました。
その分、幾ばくかの寄付金をお渡しできて、本当によかったです。
この映画を紹介してくださった緒形まゆみ先生に御礼申し上げます。





