江戸随一の歓楽街だった人形町。(*^^)v | 千葉の歴史、名所、旧跡アドバイザー・尼木のブログ

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日本橋人形町は、江戸初期の歓楽街でした。

 

ここには、中村座、市村座などの歌舞伎小屋や

人形操り芝居、浄瑠璃芝居、見世物小屋などが

存在し、大いに賑わいました。

また、男達の目を引いた吉原もここにありました。

吉原というと、浅草方面を連想されると思いますが

あちらは新吉原、それに対し、こちらは元吉原と

呼ばれています。

明暦3年(1657年)の明暦の大火を機に、浅草に

移転しました。元吉原の時代は、夜間営業は禁止

だったとか。(´-ω-`)

また、ここには銀座も存在しました。

銀座は当初、現在の中央区銀座2丁目辺りに

置かれましたが、寛政の改革の際に一旦廃止

され、寛政12年、11月に、ここ人形町に再度

発足しました。

人形町で有名なお店が、しゃも鍋、親子丼の

玉ひでと人形焼の板倉です。(#^^#)

玉ひでのランチタイムには、大勢の人が親子丼

目当てに作り、早めに行かないとなかなか

食べられません。(´・ω・`)

板倉の人形焼は、餡子がたっぷり入っていて

その場で作りたても食べられます。

かなり熱いので、いきなり口に入れない方が

いいかもしれません。

お煎餅も販売していて、こちらも美味しいです。

一歩裏に入ると、風情のある街並みが今も存在します。