むかしむかし。
…といっても、ほんの少し前のお話です。
大きな街の片隅に、
とても優秀なタヌキがいました。
そのタヌキは、
人間たちの世界で生きるために、
たくさんのことを覚えました。
空気を読むこと。
失敗しないこと。
期待に応えること。
相手が困る前に先回りすること。
正しい答えを探すこと。
そして、
誰よりも上手に
“人間社会になじむタヌキ”
になりました。
人間たちは言いました。
「すごいタヌキだね」
「優秀だね」
「ちゃんとしてるね」
タヌキは笑いました。
でも本当は、少し疲れていました。
ある日、
タヌキは気づきます。
自分が、
とても小さく丸まっていることに。
本当はもっと、
月夜の野原を走り回れたのに。
本当はもっと、
意味もなく転がったり、
星を見たり、
風の匂いを嗅いだり、
突然くるんと宙返りしたりできたのに。
でも、
狭い檻の中では、
大きく跳ぶことができませんでした。
だから、
小さく回転して見せていました。
人間たちは拍手しました。
「へぇ〜、器用だね!」
でもタヌキは、
だんだんわからなくなっていきました。
自分は、
拍手されるために生きているのか。
それとも、
自由に生きるために生まれたのか。
ある静かな夜。
タヌキは、
そっと檻を抜け出しました。
誰にも気づかれないように。
ボストンバッグをひとつ持って。
そして、
たどり着いたのは、
海の近くの小さな街でした。
そこには、
古びた小さな店がありました。
窓には、
「浜カフェ」
という文字。
でも、
喫茶店なのか、
占いの店なのか、
誰にもよくわかりません。
昼は静かで、
夜になると、
時々だけ灯りがつきます。
街の人たちは噂しました。
「あそこ、何の店なんだろう?」
「占いの店らしいよ」
「でも、いつやってるの?」
「夜中に灯りついてた」
「30年前からあるみたいな空気あるよね」
「いや、そんな昔じゃないらしいよ」
誰もよく知りません。
でも、
不思議と、
必要な人だけが、
その店へたどり着きました。
店の奥では、
タヌキがコーヒーを淹れていました。
カードを混ぜながら、
なんだか楽しそうに、
ニヤニヤしています。
お客さんは笑います。
「先生、楽しそうですね」
するとタヌキは言います。
「何が出るんでしょうねぇ〜🦝☕」
時々、
ペンデュラムが揺れます。
時々、
宇宙人カードが出ます。
時々、
お客さん自身が、
いっぱい喋ります。
そして、
気づくと、
みんな少し軽くなって帰っていきました。
タヌキは、
もう誰かを捕まえたり、
正しい答えを押しつけたりしませんでした。
ただ、
月あかりの下で、
自然に生きていました。
すると時々、
誰かが偶然、
その姿を見かけます。
風の中で、
意味もなく、
くるんと宙返りする姿を。
それを見た人は、
少し驚いて、
少し笑って、
なぜだか、
心が軽くなるのでした。
おしまい🌙🦝☕
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