千葉市地元密着型、町の占のお店ハマカフェ
久巫女です
― シンクロニシティが当たり前になった14年の終わりに
海王星がうお座にあったこの14年間で、
「シンクロニシティ」という言葉はずいぶん身近なものになりました。
以前は偶然で片づけていたことを、
意味のある出来事として受け取る人が増え、
スピリチュアルという言葉も特別なものではなく、
日常の中に自然と入り込んできたように思います。
最近は車のナンバーを見ていてもそれを感じます。
私の住んでいる地域は車社会なので、
車を自分の個室のように大切にしている人が多いのですが、
ここ数年、本当にゾロ目のナンバーをよく見かけるようになりました。
8888、1111、4444、3333。
コンビニの駐車場に何台か車が停まっていれば、
その中に一台はゾロ目がある、というくらいです。
数字に意味を見出したり、
幸運やサインに意識を向けること自体が、
ごく自然なものになったのだと思います。
これは良い悪いの話ではなく、
海王星うお座の時代は、目に見えないものを受け入れる感覚が、
社会全体に広がった時期だったのでしょう。
ただ、その一方で、
夢や感覚を急いで現実に変えようとする流れも強くなりました。
スピリチュアルを仕事にすること、
好きなことを副業にすること、
目に見えないものをすぐに価値や結果に変えようとする動きも増えました。
言い方を選ばなければ、
宝探しのようにスピリチュアルを扱う「海賊」のような流れも確かにありました。
夢を信じる力が強かったからこそ、
どこへ向かっているのか分からない船に乗っていた時期もありました。
今振り返ると、あの時間は必要だったと思います。
覚醒や気づきというものは、
一度輪郭を失う経験を通らないと起きないこともあるからです。
何かを手に入れたというより、
余分なものが少しずつ削ぎ落とされていきました。
正しさや役割、
こうあるべきという思い込みも含めて。
そして最後に残ったのは、
特別な能力ではなく、
普通に生活している自分でした。
不思議なことに、その方が世界はずっとはっきり見えます。
以前はすごいもののように見えていたスピリチュアルな学びも、
今では特別なものには感じなくなりました。
否定しているわけではありません。
むしろ、当たり前のものとして自分の中に戻ってきただけです。
遠くに探しに行っていたものは、
最初から自分の中にありました。
青い鳥を外に探し続けていたけれど、
最後に見つけたのは、
ずっと家の中にいた存在だった。
今の私にとってのスピリチュアルは、
特別なものではなく、
日常の中で静かに使う感覚です。
ハマカフェも、
そんなふうに現実の生活の中で役に立つ場所でありたいと思っています。
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