chiakisstoryのブログ

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「ところでみんなは恋人いるの?」
ジェニファーはお話好きという嫌な予感が当たった.
確かに恋バナは共通の話題になるし,悪気はないだろうけど.
だるい.
それだけはだるい.
(この話題が好きなのは世界共通か...)
私は一瞬俯き前髪で表情を隠した.
「これが私のボーイフレンド」
そういって丸メガネの男の写真をスマホで見せてくれる.
「アウトドア派で,よくアクティビティに挑戦しているの」
「バンジージャンプとか?」
いつもより愛想のいい高い声を出す.
さすがになさそうと思いつつ,アクティビティで他に思いつくものは英語でなんて言うかわからない.
「そうなの,私も一回跳んでみたらキャーって,あれは本当にクレイジー」
ジェニファーはそのときの顔を再現してくれているのか目をバキバキに開き口を開けて左右に振る.
「...」
「私の彼氏はこの写真の彼」
間髪を入れず,モデル級の容姿を持つスージーは男性グループの宣材写真を見せてくれた.
彼がスターなのを自慢したいのだろう.
確かに中性的な甘いマスクをしている.
「アイドルなの?」
「まだ全然有名じゃないけど」
「かっこいいね」
「そうなの,私もあったことあるけどきゃーって感じで」
横から入ってきたジェニファーがさっきと違い,両手を胸の前で組み,何かを崇拝するときに浮かべるうっとりとした顔をした,
「私の妻はこの人だ」
今度はトムが写真を見せてくれる.
白と黒の毛をもつ大型犬のボーダコリーと一緒の写真で,情熱的な赤い服がよく似合っている.
奥さんにメロメロなんだろう.
第一印象とは異なり食い気味なところが少し可愛いと思った.
ジェニファーとスージーも興奮して彼と缶ビールを合わせ乾杯した.
「で,麻美は?」
当然のように私のターンだ.
「...今,勉強に集中してて」
小首をかしげる.
「嘘?こんなにかわいいのに?」
ジェニファーが口を開けて驚きの表情を浮かべる.
スージーまで「No〜!!!」と言って驚く.
オーバーすぎて失礼...
パークが手を上げて俺が立候補すると言わんばかりだ.
たこ焼きプレートの熱も合わさって春先だというのに今年一の熱波.
私に恋人がいないのはそんなに事件なの...
「いい人いないの?」
「そんな感じ」
ジェニファーは周りがおかしいんじゃないかと糾弾するような剣幕.
さっきから裏表がなくて何かと彼女の一挙手一投足を見てしまう.
と同時にその先にいる萌を見た.
向こうの島で萌はまだ人見知り状態なのか孤立してしまっている.
Diceの方を見て喋ってばかりだ.
でもそのうち打ち解けるはずだ.
萌とジェニファーの素直さには共通するところがある.
「「.........」」

「元カレを引きずってるんじゃないの?」

さっきまで話に入ってこなかった人形系のクリスティーナが一瞬できた隙間に正確な矢を放ってきた.
ぎくりとした.
心臓に剣山が掠めた.
それが不意をつかれたからなのか,図星だからなのか...
多分私の無意識はすでに答えを出している.
『ご自身の"本心"を検めてからでも遅くないかと...』
あれから4ヶ月.
そろそろ無意識の答えとすり合わせしなければならない.
ただ,その答えを認めるには屈辱的な気持ちを避けて通れないのだ.
それが許せない.
「...」
唇を結ぶ.
反射的に「それはないなー」と返せなかったのは,相手にとって無言のYesになる.

でも,否定する気力もなかった.
「それを訊くのはマナー違反でしょ」
とでも言ってくれたのか,ジェニファーが韓国語でクリスティーナに何か言った後,頭をポンと平手打ちした.

それから話は大きく変わってビールに合うおつまみは何か?という話題になった.
ジェニファーが「ワンドゥコン(枝豆)でしょ」と主張すれば,トムが「ケバブ」と返す.
ケバブ=おつまみ,なんていう認識が私にはなかったから面白い.
少し体に血液が循環し始めた.
よくよく聞いてみると三人組のこの後の旅程がハブばかりだった.
どれだけ飲むの好きなの?
私が知る限り,美味しいビール屋さんを教えてあげた.
この後彼女たちがどうなったのかは私の知るところではない.
しかし,帰りに交換した彼女らのインスタグラムのストーリーには私が勧めたお店の写真がばっちり上がっていた.

「It’s time to call it a day(そろそろお開きにしましょう)」
時計は21:00になる少し前だった.
意外とあっという間だった.
ただ,どれだけ,仲良くなっても,帰りが遅くなるのはごめんだ.
率先して立ち上がり,ゴミ袋を持って,お皿やお箸を捨てるように促す.
みんな,腰が重そうに立ち上がる.
その重そうな動きから,私は十二分な参加者の満足感を感じた.
けど,それと早く帰りたいのとは別.
机からたこ焼きプレートを流しまで運び洗剤で油を落とした.
仕上げに,キッチンペーパーで表面の水分をとる.
そして,元々入っていた箱に戻す.
そうこうしている間に,最初は動きたがらなかったパーティ参加者も自分の部屋へと帰っていった.
人が捌けると萌と手分けして机を元の位置に戻した.
ジェニファーだけは最後の机を運ぶまで手伝ってくれる.
彼女に改めてお礼をいうと,ハグをした.
Diceがゴミ袋とたこ焼きプレートはホステルの裏に置く場所があるのでそこに置いてきて欲しいと,鍵を萌に預ける.
萌はキーストラップを首にかけた.
たこ焼きプレートは萌に託し,私は生ゴミとプラスチックカップゴミのゴミ袋をもち,二人でホステルの裏側に向かう.
隣の建物との間に人一人がやっと通れるぐらいの砂利道があり,ゴミ袋がつっかえないようにそこを抜けると,倉庫と大型のダストボックスが置いてある.
「麻美,倉庫開けて〜」
私はゴミ袋を地面に置き,萌の体の真ん中にぶら下がっている鍵で倉庫を開ける.
「...ちょっ...重い〜」
ドアが何かに引っかかっているのか.
「頑張って〜」
かろうじて,倉庫のドアを横にスライドさせると,たこ焼きプレートがようやく一つ入るほどのスペースが空いている.
そこにむりやりねじ込んだ.
ゴミ袋もダストボックスに放り込んだ.
「「ふーっ」」
「ようやく,終わったー」
「おつかれ」
「萌こそ」
「...やっぱ麻美すごいね,憧れる」
「何が?」
「英語」
「あー,まあ,話すのが得意な子がいたからうまく回ったね」
もちろんジェニファーのことだ.
「私,全然喋れなかった」
「まあ,そっちの席は欧米系多かったからね〜」
実際,英語に文構造が近いヨーロッパ言語を操る人は会話のスピードだけはネイティブレベルなことが多い.
「そっか〜,でも自信無くしたなー」
「...」
心配で彼女の方を見ても表情までは暗くて見えない.
私は二年間,彼女と過ごしてきた.
その中で,落ち込んでいる彼女はあまり見たことがなかった.
けれど,それは隠せるだけ.
彼女は彼女なりに自身の問題に取り組んでいる.
(多分自信がないんだろうな)
それが就活にやたら早く取り組んだり,意外と人見知りだったり,そういうところから薄々勘づいていた.
流行に敏感なのは自信がない証拠,とかいうタイトルのショート動画をインスタグラムで見たときに,一番に彼女の顔が浮かんだこともあった.
「...落ち込むのは,自分と向き合ってるから」
臭いセリフだと思ったから独り言のようにぼそっと言う.
「へ」
「萌なら,すぐに喋れるようになるよ」
「そっか,そうだよね」
彼女は嬉しそうな顔をした.
素直なのは彼女の良さだと今日改めて思った.
「どこかの臆病者と違ってね」
「誰それ?」
萌は頭の上にハテナを浮かべる.
「内緒」
私は人差し指を自分の唇にそっと乗せた.

帰り支度を終えると三階の公共スペースに社長の福山が現れた.
(出た,やり手社長)
彼は先ほどまでパーティで使っていた椅子に座るように促す.
「君たちの活躍はさっきDiceから聞いたよ」
うっすら浮かべる笑顔が気持ち悪い.
嫌悪感は表に出すまい.
「これは今日の報酬だ」
茶色い封筒を私たちに差し出す.
「「ありがとうございます」」
「さて,次回だけど,再来週の木曜日は空いているかな?」
普通の質問だけど,彼が言うとすごい上から目線な感じがするから不思議だ.
「空いてます」
萌がキッパリと言う.
挽回できるのであれば早めに挽回したいのだろう.
目には凛々しさが戻っていた.
「君は?」
私はスマホを取り出してカレンダーを確認するふりをした.
「再来週はちょっと空いてないみたいです」
この仕事が向いていないことはないけれど,ガクチカを作るなら木部ちゃんたちと作っているアプリ開発のマーケティングの方が将来につながる気がした.
萌は心配そうにこちらを伺う.
「萌なら一人でもできると思います」
私は福山に向かって断言した.
「やれるかい?」
「...やれます」
「じゃあ,萌さん,お願いします」
「自信持って」
私は両手で拳をにぎりエールを送った.
続けられさえすれば,彼女ならきっと自信をつけていけるだろう.

二週間後.
19時,私は萌の家にいた.
萌は大学から少し離れた埼玉で一人暮らしをしている.
部屋は8畳で少し広く綺麗だ.
ピンクを基調とした可愛らしい部屋で.ベットカバーに丸型のカーペット,その上の丸いテーブルもピンクに統一されている.
今日は二人でもつ鍋.
萌の親がふるさと納税でもらったもつが萌の家に届き,私に,作りにきてと連絡をよこした.
私の手料理を一番食べているのは彼女かもしれない.
「かんぱーい」
和さんにいただいた登喜一という銘柄の日本酒をお猪口にそそぎ乾杯する.
スルスル飲める危険なやつだ.
まだかけだしの日本酒利きの舌にも敏感に反応する.
「麻美殿はこういうお酒が好きじゃろう」と言っていたが,もつの旨みが染み込んだ鶏ガラと日本酒を交互に味わうと舌鼓を打たずにはいられなかった.
もつ鍋のもつとニラがあっという間になくなっていく.
もちろん日本酒も...
ちょっとやばいかも.
「...バイト,正式に決まったんだー」
「あーホステルね.すごいじゃん」
徐々に気持ち良くなってくる意識の中で答える.
「あの社長はちょっと苦手だけどね」
「萌もあの社長苦手なの?」
「OK」
萌が福山のイントネーションを真似する.
「なんか,鼻につくよね」
と萌が続ける.
「わかるぅ」
「私,麻美の嫌悪感すぐわかるから」
「え」
「空気でわかる」
「ふーん」
「あの中で付き合うなら大垣さんだよね」
「大垣さん?」
「キッチンの」
「知らない...」
「あれ,会ってなかったっけ?」
「多分...狙ってるの?」
「そういうんじゃないかな〜」
「Diceは?」
「あの人は奥さんいるから」
「奥さんいたんだ...」
「うん」
「へー」
「麻美が恋バナにリアクションいいの珍しいね」
「そう...?」
「うん,なんかあった?」
「どうだろう」
きっと酔っているからだろう...
でも,思い当たる節はある.

「元カレを引きずってるんじゃないの?」

もう名前も忘れてしまった,一人の韓国女性の言葉.
それが重くのしかかった.
元はと言えばあのレンタル彼女のおかげなのかもしれない.
「誰かわからないけど,麻美を救ってくれてありがとう」
「救ってくれてって...」
調子に乗るとめんどくさいから取り合わないことにした.
「運営は?」
「それなら,麻美の言う通り,自信を持ったらうまくできた」
「ほえー,よかったじゃん」
「福山さんにも褒められた」
「すごっ」
「でしょ」
何ヶ月もかかると思っていた課題を彼女は二週間で解決した.
でも,それは何ら不思議ではない.
予感はしていた.
自分の気持ちを真っすぐに表現できる彼女だ.
(憧れるのは私のほうかも)
朦朧とした中で,ただ一つのことに意識が向いていく.
完全にふやけた理性の元で結論を急いではいけない.
でもいい加減わかった.
私がどうしたいか.
自然と自嘲気味な笑みが浮かんだ.
「今日の麻美やっぱ変だよ〜」
そんな声を最後に私の意識はどこか遠い銀河へと飛んで行った.

目が覚めると鍋は片付けられていた.
泊まっていけばいいのにと引き止められたが,家を出た.
心配で萌も駅まで付き添ってくれるみたいだ.
外に出ると風が吹いていて3月の終わりなのに桜はすでに散り始めていた.
暖冬なのだろう.
(沖縄も暖かったしな...)
酔った体に夜風が気持ちいい.
駅に向かう途中に公園があったのでその中を通る道を選んだ.
朧げだが,その公園は小さな祠(ほこら)に併設されていて遊具はなかったと思う.
代わりに周り沿ってに桜の木が何本も上られていた.
その中心に白色の街灯が一つあるだけの小さな公園.
おそらく,普段通る分には目新しいことは何もない公園だろう.
ただ,今日は桜の花びらが大量に小雨のように絶え間なくぱらぱらと降っていた.
自分の周りにも私を取り囲むように,桜の花びらが舞っている.
それが街頭の光をうけて淡い白桃色にみえる.
私たちは桜の海の中に潜ってしまったようだ.
「うわー」
萌の口から思わず感嘆の声が漏れる.
「二年もここにいるのに知らなかった...」
萌が呟く.
私が知っている夜桜の中でもダントツで幻想的だ.
こんな海ならゆらゆらと沈んでいたい...
なにもかも捨ててリセットしたい...
...

「ほら,早くいくよ」
萌が現実に引き戻す.
「...っ」
私は離されまいと必死にもがきながら,その背中を追いかけるのだった.