9月の終わりから立て続けに首都で用事があって
一週間ちょっと任地の町を離れてました💦
いっぱい日記に書きたい話があって
何から書こうかな、、、って感じなんですが
記憶の新しい方から書いていきます。
実は先日、ガーナに来て
一番涙したできごとがありました。
″ありました″というか、現在進行形。。。
とゆうことで、少し悲しい話になります。
ブルーな気持ちにさせてしまったらごめんなさい😭
日々、″もーーーうまくいかないー!!!😭″
とガーナ人や活動に対して
泣きたくなることはたくさんあるのですが
今回の涙は種類が違って。。。
とある夜中(日本時間だとお昼くらいかな?)
母親からメールがありました。
″直接話したいことがあるので電話ください
週末になっても良いので″
と。
緊急ではなさそうだけど
いやな予感、、、
そしていやな予感って悲しいくらい本当に当たる。
日本を出発する前に
もしかしたら何かあるかも、と
覚悟はしていたのですが。
どうやら祖母が
末期の肺がんを患っていることが
判明したそうなんです。
あと一年もつかもわからないと、、、。
ステージもかなり進んでるし
年齢も年齢なので
もう何もできないに等しいと、、、。
つまり、私が帰国するまでもつか
わからないってこと??
もう会えないの??
″もしかしたら何かあるかも″と
出国前に会ってきたとは言え
やっぱり現実になると辛いものですね。。。
まだ今のところは普通にご飯も食べて
寝起きしてるとはいえ
母との電話越しに
涙が堪えきれなくなってしまいました(T_T)
次の日は目がパンパンに腫れてたのですが
まぁ当然ガーナ人は気付かず。笑
まだ子供だった頃。
わざわざ祖母の住む鹿児島から
私たち家族の住む福岡まで
5時間の高速バスに乗って
忙しかった両親に代わり
私たち兄弟の面倒を見に来てくれていた
小柄なストロングおばあちゃん。。。
今考えれば、あの年齢で5時間のバスは
相当きつかったはず(T_T)(T_T)(T_T)
たまに
″ばぁちゃんは、あんたたちの家政婦じゃないんだ!″
と怒らせてしまうこともあったなぁ。。。
大変だったよね。
感謝をしてもしきれない。。。
そんなおばあちゃんの夢は
″孫の結婚式に出ること″
だと、昔聞かされたことがありました。
だから、協力隊が終わったら
おばあちゃんの夢を叶えてあげようと
本気で思って、協力隊行きを決めました(T_T)
(相手探しからなんだけどね。笑)
その夢を叶えてあげられない可能性の方が
高くなった今
初めて
このタイミングで2年もガーナにいる
自分の人生プランを
ほんの少しだけ、後悔しました。。。
まぁ日本にいたからって
お嫁に行けてたかは甚だ疑問だけど!!!笑
制約上、協力隊の2年の任期中は
一度だけ日本に帰っても良いことになってます。
(もちろん航空券は自腹)
元々、任期中に一時帰国の予定は無かったけど
一時帰国して祖母に会いに行こうか
最近本気で検討中です。。。
でも、会ってしまうと本当にこれが最後と
思って余計辛くなりそう。
帰国するまでは大丈夫だって信じたい。。。
迷います。
何もできないけど
日々、天国にいるおじいちゃんに
お祈りをしてます🙏
(こういうとき、自分は仏教徒なんだなーと思う。
クリスチャンは神に祈るので。)
そんな、最近の涙したお話でした。
日々の騒々しいアフリカン・ライフを送りながらも
やっぱり日本にいる家族のことが心配です。。。
ボランティアで来てるとはいえ
家族を近くで支えられない切なさ(T_T)
うーん、なんとも言えない。。。
そういえば、ガーナで生活していると
圧倒的に結婚式よりもお葬式の方が
頻度が多いことに気付きます。
それだけ、日本よりも
死が身近ということ。
平均寿命が60才くらいなので
私くらいの年齢で両親が他界してるのは
ザラ。
なんだかんだ、ここは途上国なんだなぁと
感じさせられます。
今月末は隣に住んでる先生(35才くらい)の、お父様のお葬式
来月は生徒(18才)の、お父様のお葬式
あ。ちなみにガーナは
亡くなってからすぐにお葬式があるわけではないので
その間、ご遺体はMotuaryと呼ばれる霊安室に
冷凍保存されます。
なぜなら、お葬式は人生で一番お金をかけると言われるほど
盛大に行うものなので
お金やその他諸々の準備期間が必要なことが
ほとんどだからだとか、、、
暗い話になりましたが、たまにはこんな日記もね。。。
どうか、、、
おばあちゃんとまた元気に再会できますように。
停電してるので、おやすみなさい!