それを考え出したのはいつ頃からだろう…

幼少期、初めて会った同じ歳の子から「変な顔」と言われ高校生まで自分は変な顔なんだ=不細工なんだ!って思ってた。

多分人と考え方が違ってたんだと思う。

学校の帰り道、同級生から嫌がらせを受けているのにも我慢し続けたな…

心の中では(何でこんなくだらない事をするのか意味がわからない)と思っていた。

(この人といつになったら話が合うようになるかな?)と何故か考えていた毎日だった。

学校では引っ込み思案だった私は目立つ子どもではなかった。

自分では分かっていなかったが、人に興味がなく今では同級生の極わずかしか覚えていない程。

そんな中、教師の事は何故か理解出来ていた。

(この先生嫌い!)(一二年性の時の先生が良かったのに!)(それ、子どもに対して言う言葉?)

と、良く考えていた。

しかし口には出さなかった。

親にも。言っても理解してくれないと思ってたからだ。

教師の言う事は聞くようにしていた。

面倒だから、と思っていたから。

そんな感じで学生時代を過ごした。

勿論、子どもらしさはあった。

夕方まで地区の皆で鬼ごっこしたり、自転車で遊んだり…

仕事始めてからはそれなりに人間味があったような気がするが、時折冷ややかな目で見ることもあった。

仕事を覚えるのに精一杯だった。

接遇、技術と求められるものが多すぎてクタクタな毎日だった。

辛い!毎日そう思っていた。

しかし上司には不信感があった。

視線が嫌。態度が上司の割には合ってない。

おかしいな?

って若いながらに思ってた。

そうやって、私は常に人を見てきた。

自分で私ってなんでこんな事考えるんだろ?

上司を型にはめて見ている!ヤバイ!

私は自分から歩み寄った。

分からない事、全て上司に聞いた。

1日に何回も。

上司は少し私を理解してくれてた。

我慢する所があるからね!と先輩に言っていたらしい。

私はその言葉に感動する訳でもなく、へぇー!ってスルーしていた。

ある時、先輩に「冷たいよね?」って言われた。

ショックだった。パニックになった。

しかし、仕事上、流れ作業的な感じだったので、コンマ秒単位でこなさないといけなかった。

私は患者様の待ち時間の短縮、Drと患者様との板挟みにならないよう努力していたつもりが、年配で仕事をサボるような人からの一言が、ん?何?ってなってしまった。

それから私は人に優しくないんだ…ってずっとずっと思ってた。

こんな感じで生涯を終えていくんだ…って。

子供が生まれ育児をしながら、病気をすれば凄く心配し、仕事辞めて、この子の傍に居たい!って気持ちが必然と生まれた。

これって愛情じゃないの?

まだ、気づいていなかった私。

そして子供達の事を必死に考えて、手探り状態で育児を現在もしている。

人に冷たい…

確かに人に興味はない。

しかし向き合うべき人の事はキチンと考えているつもり。

これが私なんだ。今はこれでいいんだ!って言い聞かせながら。

私の人生に可愛い子供達が入ってきたんだから。

子育ても私の生きる意味でもあるのかも知れない。

それと同時に、人との関わりで学ぶべきなんだとつくづく思う。

色んな背景を持った方の生き様に不思議な世界観を覚えたり。

吸収出来る事はしたいなとか。

よく、前世で成し遂げれなかった事が今世での「お題」になっていると聞くけど、私はやはり、何にしても日々勉強!って言葉がぴったり当てはまる。

いつの日か成し遂げられた日には生きてる意味が理解出来るのかも知れないな…